「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱

港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES（タフクッキーズ）”。

女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。

夢破れて疲れ果て…
大切なものを失い絶望し…
裏切られて憎しみに囚われ…

心が壊れてしまいそうな夜。
踏み出す勇気が欲しい夜。

そんな夜にはぜひ
BAR TOUGH COOKIESへ。

私たちは、一人じゃない。
そして、何度だって…やり直すことができるのだから。

東京・港区・西麻布。

このエリアで遊び始めて10年近くが経つ梶谷結衣（かじたにゆい・33歳）が、謎めいた店ができる…という話を聞いたのは、西麻布の老舗BARの1つである、Sneet（スニート）の店長からだった。

その店長はミチさんと呼ばれる男性で、漢字は“道”と書くのだと教えてもらったのは5年くらい前？いやもっと前だった気もする…と曖昧な記憶を辿りよせなければならないくらいには、結衣はこの店、Sneetの常連だ。

その日は8席あるカウンター席に、友人である富崎小春（とみさきこはる・32歳）と並んで座っていた。

結衣と小春は高校のテニス部からの縁。結衣が1つ先輩だが大学も同じで、お互い社会人になった今は、先輩後輩というよりもはや親友では？…という距離感での関係が続いている。

「店長、最近、ともみちゃんを見てない気がするんですけど…もしかして辞めちゃったんですか？」

結衣の質問に、氷を削っていた店長が少しだけ口角を上げた。その微々たる表情の変化が彼なりの笑顔であると理解することは…かなりの常連客でも難しいだろう。

190cm近くありそうなマッチョな体。さらに右の目じりから頬にかかる大きな傷などの迫力が相まって、バーテンダーというよりは、まるでマフィアか殺し屋…良くて格闘家だと名乗られた方がしっくりくるという、なんとも荒々しいルックスの店長なのだが。

その荒々しさにそぐわず…彼が作るカクテルは、驚くほど繊細で上品で。もちろんとても美味しい。

大きくて骨ばった手が無駄なく丁寧に動き、美しいカクテルが生まれてくるその所作に見とれる客もいるほど…というのが、この店が長い間人気を保ち続ける理由の1つであることは間違いない。

そして“ともみちゃん”というのはこの店、Sneetで働いているはずの女性だ。どうやら元アイドルらしい…というウワサが流れていることも納得の、とても美しい女の子なのだが。

結衣は少なくとも月に2、3回、多い時なら週に1度はこの店に通っている。ところが、ここ1ヶ月ほど、店でその美女を見ておらず…ということからの質問だった。

「お待たせしました」

結衣と小春、それぞれの前に、形の違う2つのグラスが置かれた。店長は結衣の質問に答える前に、まずはお酒を先にと出してくれたのだ。

結衣にはいつものジントニックをシンプルなロンググラスで。普段BARには行かずこの店も初めてという小春には小さめのカクテルグラスだ。

“結衣先輩と同じものが飲んでみたい”と言ったので、小春も同じくジントニックだが、アルコールに弱いと聞いた店長が配慮してくれたようだ。

「うっま…！しみる～！店長今日も最高です」

一口含んですぐに発せられた結衣の感想に、小春がクスクスと笑い、店長が良かったですと小さくつぶやいてから続けた。

「ともみは来週オープン予定の新しい店で働くことになって」
「新しい店？ここの系列店ですか？どんな店？」

店長はその質問への答えとして、結衣と小春、それぞれにショップカードを手渡した。

「…Ladies Only…？ってことは女性しか入れない店、ってことですか？」

そう聞いたのは結衣ではなく、小春だった。