「飲み物を買ってくる」と出て行ったミチがコーヒー3つを手に戻ってきても、誰も言葉を発さなかった。映画やドラマの中で時計の秒針の音が、カチ、カチ、とやたらと響く描写があるけれど、深い静けさの中では本当に大きく聞こえるものなのだと、ともみは初めて知った。
そしてきっちり30分が過ぎた頃。ベッドから小さな咳き込みが聞こえた。思わず立ち上がったともみの音に反応したかのように、ゆっくりと身じろぐ気配が続く。
おそらく明美がリモコンを押したのだろう。ベッドの上半身がブイーンという機械音と共に起き上がる。
「ともみ、さん?」
酸素マスクでくぐもっていることを差し引いても、弱々しい声。それでも明美は笑った。そしてゆっくりと視線が動き、ルビーを捉えたその視線が固まる。
「…ルビー、ちゃん。来てくれ、たん、だ」
途切れ途切れに発せられた声が、震えている。肺の機能が著しく低下していると医師は言っていた。これ以上大きな声を出させてはいけないのでは、とともみは、気づけばルビーを引っ張り起こし、ルビーの体から力が抜けていたおかげで、明美の枕元まで簡単に連れて行くことに成功した。
「ごめん、ね。こんな、の、見せ、ちゃって」
笑おうとして咳き込んだ明美にともみは医師を呼ぶべきかと聞いたけれど、明美は小さく首を横に振った。これくらいはいつものことだからと言われて胸が詰まったけれど、今は自分が弱っている場合じゃないと、微笑みを作ってまずは明美に謝った。
「ルビーを黙って連れてきちゃってごめんなさい。それで、あの…あちらはミチさんです。ミチさんのことはご存知でしたよね」
8年ほど前、年齢を詐称して六本木のキャバクラで働いていたルビーを訪ねて行ったとき、路上でホストたちに絡まれた明美を助けてくれたのがミチと光江だったのだと、ともみは明美から聞いていた。
明美の正面、窓際に立つミチが、お久しぶりです、と頭を下げると、「また助けていただいたんですね」と明美が礼を言った。そのやりとりにも反応できずに、ただ茫然と明美を見つめている…というよりも視線を動かすことができずにいるルビーの手をともみがぎゅっと握る。
ルビーの指先は震えていた。強引に連れてきて対面させているくせに、いざこの瞬間を迎えると、何から切り出せばよいのかわからず、ともみは自分が情けなくなった。近くにあった小さな丸椅子をミチが運んできて脱力したままのルビーを座らせると、明美が、もう一度、ごめんね、と吐き出し、息を整えてから続けた。
「ゆるさ、なくて、いいん、だか、らね」
ルビーの震えが、ともみの手の中で止まった。
「わた、しをゆるさなく、ていい。今の、わたし、に同情、しなくて、いい」
少し動かすのも辛そうな体を、ルビーの方になんとか向けると明美は大きく微笑んだ。おそらく力の限りの笑みだった。
「あり、がと、ね。ほんとに、あり、がと…わた、し、さいご、に…ルビーちゃんに…1つ、だけ…」
その目尻から涙が落ち、再びその口が開かれようとした瞬間、明美は大きく咳き込んで丸まり、もがき、アラーム音がけたたましく響いた。「明美さん!?」と明美の体を支えようとしたともみを「離れろ」とミチの強い力が、ルビーごと引き剥がす。
バタバタと入ってきた医師と看護師の処置を、ともみはルビーを支えながらただ見つめることしかできなかった。
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TOUGH COOKIES
SUMI
港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが
その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
心が壊れてしまいそうな夜。
踏み出す勇気が欲しい夜。
そんな夜には、ぜひ
BAR TOUGH COOKIESへ。







この記事へのコメント
東カレに泣かされるとは…