「ともみの店、と表現されるなんて…驚きです。あなたの店のはずでしょう?それとも、それほど、彼女を買っているということなんでしょうか」
「ごまかさずに答えな。あそこで話したことが、アタシに共有されることは薄々気づいてただろうに、アタシに断りも入れずに行くなんてアンタらしくない。そもそもアンタが誰かに秘密を相談しに行くっていうのがおかしいんだよ。自分の恥とみなせば本来、踏み潰して消し去るはずだろ?」
婚約者を奪われた恥ずかしい女だとわざわざ強調された気がして、不快感が走ったけれど、女帝は敢えて紗和子の神経を逆なでする話し方をしているのだろう。挑発に乗るわけにはいかないと、素知らぬ顔でほほ笑んでみせた。
「女帝が後継者を選んだとなれば、単純に興味が出るでしょう。私があなたの側で学ばせて欲しいと願い出た時、笑いとばしたあなたが――新しい店を、うら若き乙女に任せたって聞いたんですよ?」
「…」
「それも、元アイドルのかわい子ちゃんだなんて。しかも店のコンセプトが、“女性を助ける店”とは。ついにおボケになったのかと」
「ボケた、ねぇ」と、光江が唸るように笑った。
「つまり、ともみの品定めのためだけに行った、と?」
「まあ、それもありますが…」
言葉に迷った紗和子は、リーデルのグラスを回すと、また口に含んだ。この“銀の翼”は、外気に触れてなお酸を失わず、温度が上がると共に浮かび上がってきた苦みが、ファーストインパクトの果実味と交わり…と、まるで次々と別のワインを飲んでいるかのような驚きがある。
― まさに――“天才”の計算。
またもざらついた胸に、紗和子は、まさか意図的にこのワインが選ばれているのでは…と勘繰りたくもなる。
― この人なら、あり得るからね。
横並びで座る光江にじっと見つめられれば、これ以上の駆け引きは悪手に思えて、紗和子は本音で話すことにした。
「自分の怒りを…そのための計画を誰かに吐き出しておきたいと思ったのも、ウソじゃないですよ。ご存知の通り、私は婚約者を失い…もう、信頼できる友人と呼べる人はいませんから。でもまあ、いざ行ってみたら――色々試したくなって、その結果、疑問もわきましたけど」
「…試した、とは?」
「あの店で働く2人の力量ですよ。ともみさんより、ルビーさんの方が、あなたの求める理想に近い。違いますか?素質というか…才能の格が違う」
「…才能、ねぇ」
「ともみさんは、大変器用なのでしょうが、随分平凡です。彼女は私側の人間であり、あなたになろうと夢見ても、絶対に無理でしょう。それは光江さん、あなたも良くお分かりのはずですよね。だからこそ、疑問なんですよ」
「…」
「あなたは、ともみさんに何をさせようとしているのですか?」
グラスをくゆらせていた光江が、ふん、と鼻を鳴らした。
「それが知りたいのなら…紗和子――アンタにも私の質問に答えてもらうよ。今、アンタが潰そうとしている“才能”について、ね」
その前に言わせてもらう、と、光江の声は一層低くなった。
「ともみは“アンタ側の人間”じゃないし、“アンタ側”になんて行かせるわけないだろ。そっちの世界は――地獄なんだから」
ゆっくりと自分に向けられた光江の瞳、その光が…痛いほどに冷たくて。射貫かれた紗和子の喉が反射的に、ゴクリ、と鳴った。
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▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱
▶NEXT:5月26日 火曜更新予定
TOUGH COOKIES
SUMI
港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが
その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
心が壊れてしまいそうな夜。
踏み出す勇気が欲しい夜。
そんな夜には、ぜひ
BAR TOUGH COOKIESへ。





この記事へのコメント
ともみは次からルビーに相談対応をやらせてゆくゆくは店を去るつもりなのかなぁ....