「ともみさんは外から見た感じと、奥の奥でかくれんぼしてる本当の“ともみちゃん”のギャップが凄いんだもん。本当のともみちゃんは、バッリバリに繊細な少女じゃん?
器用なフリをしてるけど、不器用で、実は必死で努力してるのに、頑張ってるところは絶対に見せたくないし、人に弱みを見せるのも、頼るのも苦手な強がりさん」
「…そんな、わけ…」
「闘い続けてボロボロになっても、自分の力で何とかしようとしちゃう諦めの悪さというか…ミチ兄は、そんな一生懸命な女の子に弱いの。元カノのメグさんだってそうだった、でしょ?」
「…でしょって言われても…」
ジャーナリストとしての使命に突き動かされて日本を出たメグと自分が同じなわけはないと反論したくなったが、今の問題はそこではないと、ともみは言葉を変えた。
「本当の私の話には全く納得できないけど、それはとりあえず置いといて」
置いとくんだ、とケラケラと楽しそうなルビーに、ともみは真面目に伝える。
「ミチさんの特別はルビーだよ。それは間違いなく」
「それは疑ってないよ。たぶん誰より守られてきたんだもん。でもミチ兄にとって私は妹だってきっぱり言われたし、それは家族としての特別なんだよ」
この細切りポテトがビールにあうんだよねぇ~と、うっとりと目を閉じて味わうルビーに勧められ――今はそれどころじゃない、と思いつつ、ともみもポテトを口にした。うん、皮をうっすらと残した切り方による歯ごたえがジャガイモの甘みを引き立たせてるし、絶妙な塩味と燻製の香り…確かにこれも抜群に美味しいよ。美味しいんだけれども…!
あいつは一生妹だ、というミチの言葉も重なり、切なさは膨らむばかりで、ともみはまた胸と胃がいっぱいになって、それ以上は食べられなかった。
「私と出会った時、メグさんはもう日本にいなくて2人は別れてたからさ。ミチ兄が他の女の人と遊んでるのもなんとなく見てきてた。自分から行くことはなくても、気が乗れば相手してるって感じで…でもその中の誰も、メグさんの代わりになれる人はいないって感じだった」
残り少なくなっていたビールをグッとあおって空にしたルビーが、料金を払うからおかわりしていい?と立ち上がった。今日は私がおごるから、とともみは言ったけれど、「払いたい気分だから払わせて」とルビーは、サーバーに手をかけた。
「ミチ兄に真剣に告白した人の中に、アタシも顔見知りのお姉さんがいるんだけどさ。その人が教えてくれたんだけど――ミチ兄にフラれた時、もう一生恋愛はしない、ってフラれたんだって。それが5年くらい前かな。だからアタシ、気になってミチ兄に聞いてみたんだ。もう恋愛しないって聞いたけど…ホントって?」
琥珀に近い黄金色。日本酒の酒造が作るクラフト生ビールを、ルビーは泡をも美しく完璧な比率で注ぎ、戻ってきた。
「…そしたら?」
答えが怖い、とおずおずと聞いたともみとは対照的に、ルビーはあっけらかんと言った。
「もう、一生分の恋愛をしたから十分だ、だって。その一言だけ。それ以上は何も教えてくれないけど、そういうところも、超イケてる、って思わない?また惚れちゃうじゃーんって、あの人、マジ沼」
その一生分の相手は聞くまでもない。メグに捧げた恋であり、愛だっただろう。それに、そうなら尚更、ルビーの理論が不可解だ。
「なら益々、私がミチさんの特別とかなんだかって話……絶対ありえないでしょ」
「だってミチ兄がそう言ったのって、5年前だよ?その頃、ともみさん、まだSneetに来てないじゃん」
確かにともみがSneetで働き始めたのは4年前だけれど。
「元々のミチ兄はガードが固い。でも一度懐に入れたら、その人の全てを受け入れる。たぶん犯罪者になったとしても見捨てたりしない」
「家族を知らないオレらが家族だと思ったらどうなるか…」と、ルビーへの想いを語ったミチを、ともみは思い出した。
「最初はさ、たぶんミチ兄はともみさんのことは好きじゃない…というか割り切って付き合ってるんだろうなって思ってた。ともみさんって最初の頃、超港区女子的って感じだったし、ミチ兄が全く興味を持てないタイプだったもん。
でも少しずつ…アタシとか光江さんの前でしかみせない顔を、ともみさんの前でもするようになった。そのうちにそれを超えて…うまくいえないけど、アタシでもみたことない表情で、ともみさんを見てることが増えたんだよね」
「…ごめん、本当にルビーが何を言ってるのか…」
分からない。確かにミチはともみにとっても特別だ。Sneetに来るまで、他人を信じることが苦手だったともみが心から信じられる数少ない大人の1人で、お互いに信頼関係が築けているとは思う。でも。
「ミチさんにとってみれば、私も妹枠…っていうのはおこがましいけど、手のかかる部下って感じでしかないと思うよ。絶対に」
言い切ったというのに、ミチに指先を弄ばれ、からかわれたことをふいに思い出してしまい、焦ったけれど、すぐに脳内から排除した。
「うーん……まあ、いっか。ともみさんはこのまま、大輝さんとずーっとラブラブしてくれるのが、一番だしね」
それに、と、ルビーはまるで宣誓をするように右手を上げた。
「もう告っちゃったし、こうなったら、アタシはミチ兄を諦めません!向こうが根負けして疲れて、アタシと付き合ってくれるまで、しつこく言い寄ってやる。だってアタシって、若くてピチピチないい女だも~ん」
パアっと周囲を照らすかのような眩しい笑顔に、ともみはまたひまわりを思う。褐色の肌、襟ぐりの深いタンクトップから覗く豊満な谷間も、細身のジーンズで強調されたヒップラインも、下手をすれば下品になるのに、ルビーはヘルシーに、かつセクシーに、自分の魅せ方を良く知っている。
「ルビーは、まちがいなく、いい女だよ」
ともみが、ルビーのグラスに自分のグラスをぶつけて乾杯を促すと、すでにバーガーを2個と、2人分のフライドポテトを、ほぼ1人で平らげたルビーが、知ってるぅ~と答える。
― ルビーは…本当に強い人。
恵まれぬ環境の苦しみをなかったことにはせず、逃げずに向き合う逞しさ。過酷な日々の中でも、ひまわりの笑顔を失わなかった清らかさと愛情深さ。繊細で優しい少女を胸の内に抱えているのは、むしろルビーの方だとともみは思った。
「超いい女なんだから、絶対幸せなれる」
まっすぐにルビーを見つめたともみに、ルビーが少し驚いた顔になった。
「というか、ならないと許さないからね」
ルビーの目が潤んだように見えたかと思うと、その直後、ともみは、すっぽりとルビーの体温に包まれていた。子どもみたいに温かいな、と目を閉じた瞬間、小さく、ともみさん、大好き、ほんとに大好きだよ、と聞こえて、ともみももうこらえ切れずに…想いがあふれ出した。
「ルビー、私も決めた」
ルビーの母、明美。そして、松本公子。それぞれの顔が順番に浮かんだ。そして。
「私たち、もうこれ以上、諦めるのをやめよう。もう何も諦めないって…お互いに約束しない?だから――私の提案を聞いてくれる?」
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この記事へのコメント
ルビーの明るさとか性格の良さとか人を見る目とか…全部まとめて好きだからミチとの事やお母さんとの関係含めて応援したい!
ミチとともみお似合いなんだけどルビーに幸せになって欲しいのでルビーがんばれ