ああ、ともみさん、溢れる!とルビーが慌て、ともみは焦ってサーバーのハンドルを絞めたけれど遅かった。
「ってか、分かりやすく動揺し過ぎだよ」
ルビーが笑いながら、泡が溢れたグラスをともみから受け取ると、キッチンペーパーで綺麗にした。そしてともみさんも飲んでよ、とまたも返事を確認せず、もう一杯ビールを注いだ。
ニコニコと2つのグラスをテーブルに運んだルビーに促されて、ともみはビールでべたついた手を洗い、ルビーの対面に座る。
「なんで、私が見たって分かったの?」
ともみが質問した時には、既にバーガーにかぶりついていたルビーが、モグモグと飲み込んでから答える。
「アタシがSneetでミチさんに抱きついたあと、すぐにさ」
ルビーから抱きついたんだ、と思ったことさえ見透かしたように、にやりと笑ったルビーがフライドポテトに手を伸ばしながら続けた。
「ドアが開いたなって気づいたんだ。入口の方からともみさんがいつも買ってきてくれるパンの香りがほんのり、してきたからさ」
「…ウソでしょ?香りで分かったの!?」
「え?当たり前じゃん。アタシあの店のパン大好物だもん」
抱き合う2人から4~5メートルは離れていた上に、ルビーはともみに背を向けていたし、袋には封もされていたのに。野生動物並みの嗅覚に恐るべしと驚愕したともみに構わずルビーは、むしろ分からない方がおかしいと言わんばかりに、うんまーい、とソースが付いた自分の親指をペロリとなめた。
ルビーに、マジお薦めだから、と急かされ、呆然と手にしたままだったバーガーをともみもひと口食む。神戸牛の粗挽き肉で肉々しく仕上げられたパティ。その上にのせられたスライスされた玉ねぎの絶妙な辛味が、アボカドとチーズというヘビー級の脇役たちを爽やかに感じさせる。バンズの焼き方もふんわりで超好み…うん、美味しいよ。美味しいけれども…!
「なんか、覗き見た感じになって…ごめん」
「アタシが泣いてたのも気づいちゃったよね?」
「まあ…うん…」
「で、ともみさんのことだから、私が、あの女のことをミチさんに相談して泣いたんだと思って…気を遣ってそっと出て行ってくれたんでしょ?」
あの女、すなわちルビーの母親である明美のこと。黙ったままのともみの返事を待たずにルビーは続けた。
「あの女のことは、相談なんかしてない。ただ報告しただけだよ。ミチさんもあの女のこと、色々知ってるからね。でもその報告してるうちに、あの女からの反面教師というか、タイミングを逃すと、人の言葉って後からだとなーんも響かないなって、思っちゃったわけよ。その気持ちがきちんと伝わらないっていうかさ。で、勢いで告っちゃった」
物が口に入っている時は決して喋らず、パクつき、モグモグと飲み込んでからまた喋る。なのに会話のテンポを落とさないというルビーの、豪快かつ品の良い食べ方は、もう職人技だ。
「アタシはずっとミチ兄のことが男の人として大好きだよ、って。言った瞬間、なんか泣けてきちゃって。だから断じてあの女のために泣いたわけじゃない」
「…いつから…好きなの?」
ともみが既にミチから聞いて知っていたということも、ルビーはもう気づいているのかもしれない。
「いつからなのか、もうわかんないな。ずーっと好きだもん。でもまあ、15歳の時に出会っちゃってるからさぁ。最初はガキ扱いされて悔しくて、反抗ばっかりしてたけど…いつのまにか大好きになっちゃった」
切なさがこみ上げてきた…からなのか、胸と胃がいっぱいになり、これ以上は食べられそうにないと、ともみはまだひと口しか食べていないバーガーをルビーに渡す。いいの?と、ルビーは躊躇なく、なんとも軽やかに2個目にかぶりついた。
「ずっと大好きだったけど、妹っていう立場でも幸せだった。ミチ兄はいつだって私のこと、本気で守ってくれたから。誰より特別扱いされてるのは分かってたし、それに99%…じゃないな、100パー断られるって分かってたから告白なんて考えたこともなかった。
だから、他の人にちゃんと恋しようと思って…それなりに大事な人もできたし付き合ってきたよ。でも、ミチ兄を誰にもとられたくないって思っちゃったら……もう、ダメだったよね」
「とられるって…誰に?」
質問ばかりしてバカみたいだ、と思ったともみに、ルビーがポテトを持っていない左手で、銃を撃つポーズで指さした。
「ともみさんが、ミチ兄の特別になり始めてるって気づいたから焦ったの。ともみさんにミチ兄をとられちゃう前に、自分の気持ちだけでも伝えなきゃって」
「…は?」
意図せず重低音になってしまったともみに、ルビーが口をとがらせる。
「やっぱり、全然気づいてなかった?ほんっとともみさんって鈍いよねぇ」
「…またバカにしてる?」
ピュアでかわいいってことだよ~と、ふざけたルビーがポテトを飲み込んで続けた。
「実はともみさんって、ミチ兄のタイプど真ん中なんだよ?」
「ありえないよ」
食い気味で即答した。自慢ではないが、モテることが常の人生、自分に向けられる好意や色欲的なものを察知するのは得意なのだ。芸能界や夜の街での面倒事を避けるために発達したそのセンサーをもってしても、ミチからは、そんな気配をほんの少しも感じたことがない。
「そういうとこもだよ」
「はぁ?」
「ともみさんって、他人の気持ちを察するの得意ですって雰囲気出しちゃってるけど、大切なことになればなるほど、どんどん見えなくなっちゃうっていうか、恋愛系、マジで超下手だよ?」
「やっぱ私今、ディスられてるよね?」
違うよ、羨ましいって話なんだけど、とルビーは邪気なく笑った。




この記事へのコメント
ルビーの明るさとか性格の良さとか人を見る目とか…全部まとめて好きだからミチとの事やお母さんとの関係含めて応援したい!
ミチとともみお似合いなんだけどルビーに幸せになって欲しいのでルビーがんばれ