SPECIAL TALK Vol.138

~コンテンツスタジオという体制で、最高のエンタメを世界に広めたい~


「映像では食えない」をとにかく変えたいと感じた


金丸:映画学科ということは、学生時代から作品を作られていたのですか?

山田:もちろんです。今も一緒にやっている藤井(道人)は日大の同級生で、一緒に映像サークルもやっていました。僕はそこで脚本を書いて、監督も経験して。

金丸:ひょっとして、それがBABEL LABELの前身ですか?

山田:そうです。その頃のコアなメンバーとともに、ずっと作品を作り続けています。僕がサークルの代表をやっていたこともあり、脚本家からプロデューサーの方にスライドしました。

金丸:それで今もBABEL LABELの代表をされているんですね。「これをやりたい」と選んだ道で出会った仲間とは、付き合いも深いし、長くなりますよね。私はかねてから、若いうちに挑戦する道を「絞り込む」ことが重要だと考えています。山田さんの場合も、絞り込んで大学に進学したことが、その後につながっていると感じます。

山田:学校で何を学ぶかは自分次第ですが、大学時代はモラトリアム期間でもあるので、芸術、エンタメに集中できる4年間を、しかも同じ方向を見ている仲間と一緒に過ごせたのは、本当によかったと思います。

金丸:山田さんはこの対談のはじめに「グローバルなコンテンツを」とおっしゃいました。学生の頃から、世界に打って出ようと意識されていたのですか?

山田:正直なところ、当時はそこまで考えていなかったです。ただ、仲間で話していたのは、「今の日本の映像業界って、そんなにかっこよくないよね」と。「映画監督になっても食べていけない」とか「野球の監督よりも映画監督の方が人数が少ない」とかいうネガティブな話ばかり聞いていたので。だから逆に、「じゃあ、そういう時代を変えなきゃいけないだろう」って言い合っていましたね。

金丸:甘んじて受け入れるのではなく、自らの手で変えていく。山田さん、熱いですね。

山田:何をどう変えたらいいのか、全然分かっていませんでしたけどね。大学在学中に助監督やフリーランスで現場を体験し、あまりにもお金が回っていない現状を見て、「卒業後にフリーランスになれたとしても、うまくやっていける気がしない」と不安しかありませんでした。

金丸:では、卒業後はどうされたのですか?

山田:映像業界で市場が一番大きいのがテレビCM業界だったので、業界大手の会社に就職しました。そこで6年くらい働いて、制作会社がどういうビジネスモデルで利益を出しているのかを勉強しました。

金丸:私のイメージですが、番組やドラマの価格って、テレビ局から額を提示されたら、交渉の余地がほとんどないように思えます。

山田:そこがまさに課題を感じたところです。僕がCM制作会社を退社してBABEL LABELに合流した頃は、会社を存続させていくために、数をこなす必要がありました。でもこのままだと、自転車操業が続くだけ。もっと予算も時間もかけて、質にこだわった作品を作るには、根本から変えなきゃいけない、と思いました。

金丸:だからコンテンツスタジオを目指すことにしたんですね。

SPECIAL TALK

SPECIAL TALK

この連載の記事一覧