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友情の賞味期限 Vol.11

「2人目が欲しい」と伝えた夜。夫の冷たい態度に、揺れる38歳妻の女心

西宮ことり

「雅史は、二人目って考えてる?」

私が言うと、雅史の眉毛がピクリと動いた。

「美桜も弟か妹がいた方が楽しいと思うんだよね。ほら、将来的にもその方が寂しくないし、雅史も3人兄弟だよね」

雅史に断られたあの日から、ギクシャクしている私たち。

よくもまぁ、こんなことを聞けるよな、と自分でも驚いている。

「わかるけど。正直、今は無理だな。仕事も忙しいし、お互いに余裕がないじゃない?」

― やっぱり…。


返ってくる言葉に期待はしていなかった。けれど、どうしていつも数パーセントの奇跡に賭けてしまうのだろうか。

「“今は”って、いつになったら大丈夫になるの?」
「…わからないよ」
「あ、そうか。もう私のこと好きじゃなくなったんだ?」

一瞬、スマホの上を滑らせていた雅史の指が止まる。

「なんだよ、その言い方」
「質問に答えて」

「好きだよ。ただ、昔みたいに“男女”って感じとはまた違うフェーズにいるし、昔みたいには戻れないのは由里子もわかってるだろ。美桜もいるしさ」

雅史はようやく私の目を見た。

「……それでも二人目が自然とできてる夫婦もいるよ?」

「そうだけど…」

「私たち、美桜の親では在り続けるけど。夫婦じゃなくてもいいのかもね」

挑発するように笑ってみせたけれど、心にはドロドロとした黒いものが広がり、そのまま底のない闇に引きずられてしまいそうだった。

雅史はわざとらしく大きなため息をつき、ペリエを飲み干した。

「俺は別れるつもりなんてないよ。離婚なんてしない。美桜がかわいそうだろ」

「……」

離婚したくない理由は、私ではなく美桜。わかっていたけれど、これが現実なのだと思うと胸が痛かった。

これ以上、何を言っても意味がない。そう悟った私は、無言で寝室へ向かった。


「おはようございます」

週明けのオフィスは、いつもよりざわついていた。

私が挨拶しても後輩や部下と目が合わなかったり、笑顔が少し引き攣っている気がしたのだ。

その理由は、PCを立ち上げメールをチェックすると明らかになった。

「あぁ。そういうこと…」

昇進者リストが社内メールで回り、私の名前はなかった。代わりに昇進したのは、独身の後輩。

「おはよう。メールは…見たか?だよな。俺は吉村が適任だと思ったけど。あんまり気を落とすなよ」

成瀬がデスクにやってきて、慰めてくれた。

「全然大丈夫です!…って言いたいところだけど、やっぱりちょっと悔しいですね」

「だよな。まぁ、吉村の良さは俺がちゃんとわかってるからさ。飲みにならいつでも連れてくし…ってこれじゃあ、口説いてるみたいだな。すまん」

成瀬は「コンプラ違反になる前に行くわ」と笑いながら自分の席に戻っていった。

― “口説いてるみたい”かぁ…。

成瀬に特別な感情を抱いていないのは、私が今既婚者で、娘という自分よりも大切な存在がいるからだろうか。

― もしも、独身だったら?

そう自分に問いかけたところで、答えは出ない。私は明日のプレゼンの資料作りに集中した。


昼休み。

私は3人のグループLINEにメッセージを送った。

『由里子:昨日ね、リアルに離婚したらどうなるんだろうって考えてみたんだけど。私意外と平気かもしれない』

いつからだろう。私たちは毎日のようにここで近況報告や、ちょっとした会話をするようになった。

『どうしたの、急に。え?離婚するの?』と、すぐに愛梨から返信が来る。

まりかは仕事中なのだろう。既読はつかない。

『ううん!でも、その選択肢もあるなぁって冷静に思えたんだよね』

『そっか。でも、由里子ちゃんは自立してるからどんな未来が来ても大丈夫だよ♡』

愛梨の言葉に励まされながら、私は自分で作ったお弁当を食べ始めた。

窓の外には、休日の運動会と同じくらい澄んだ青空が広がっている。

専業主婦で子どもとの時間が私より多い愛梨。得意なことで起業してエネルギッシュなまりか。

彼女たちを羨んだり比較したりしないで、自分で自分を幸せにしていく。

それは簡単なようで、難しい。

自分が満たされていない時は特に、誰かと比べて不安になってしまうから。

けれど、それを自覚できたことが大きな一歩だ。

私が本当に離婚をしたら、環境を整えるのに時間がかかるし、愛梨だって仕事を始めたら今より忙しくなる。まりかもこの先結婚出産しないとも限らない。

人生における転機は人それぞれ。

これまで仲が良かった友達と会わない期間があっても、それは仕方のないこと。

縁のある者同士なら必ずまた会うようになる。

だからこそ、私は今楽しい時間を共有したり支え合える、愛梨やまりかとの関係を大事にしたいのだ。

そんなことを思っていると、雅史からLINEがきた。

『まさし:今週末、実家に美桜を預けて久しぶりにふたりで夕食どう?』

関係修復を期待させるような誘いに数秒迷ったが、私は『いいよ。どこ行く?』と返信をした。

※まりかは誕生日を迎え、現在38歳


▶前回:「離婚はしないけど、その代わり…」麻布十番在住の妻が、結婚5年でたどり着いた真実とは

▶1話目はこちら:「男の人ってズルい…」結婚して子どもができても、生活が全然変わらない

▶Next:10月29日 水曜更新予定
まりかは颯斗との関係をはっきりさせることに…

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この記事へのコメント

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No Name
「今日さ、赤ちゃん抱っこしてる人とか妊娠してるママ多くなかったよね」
??
本当に何が言いたいのか分からない😆
2025/10/22 05:3025Comment Icon4
No Name
この連載はちっとも面白くならないから、毎週そろそろ終わるかなと期待しながら読む程度。ただ、娘の成長は誇らしいのに寂しく感じる母心から、シャンプーのCMが浮かんだ。長谷川潤ちゃんと娘ちゃんの。「なるべくゆっくり大人になって」 個人的に久々好きだなと思えたCM。
2025/10/22 06:0812Comment Icon1
No Name
成瀬もうるせーな。ちょろちょろやって来て余計な事言ってキモいんだわ。

由里子、バリキャリと言うより会社にしがみついてるだけで大して仕事出来ない人だったりする?
2025/10/22 06:129
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友情の賞味期限

西宮ことり

結婚するか、しないか。
子どもを持つか、持たないか。
キャリアを追い続けるか、それとも手放すか。

私たちは、人生の岐路に立つたびに選択を重ねてきた。
女性の場合、ライフステージに応じて人間関係も変化していく。
同じ境遇の人と親しくなることもあるが、それは一時的なつながりにすぎないことも多い。

何にも左右されない“女の友情”は、本当に存在するのだろうか。
それとも――友情にも「賞味期限」があるのだろうか。

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