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SPECIAL TALK Vol.131

~勝ちたい。勝つしかない。とことん勝ちにこだわったから、今がある~


36年ぶりの自力出場。パリオリンピックの舞台で


金丸:まず吉田さんの最近のご活躍についてお聞きします。ハンドボール日本代表として東京オリンピック、パリオリンピックに連続で出場されていますが、まだ若いですよね。今、おいくつでしたっけ?

吉田:24歳です。2020年にポーランドのチームに所属して以来、海外リーグでプレーしています。23年にフランスリーグの「ダンケルクHBGL」に移籍し、24年には「HBCナント」に2年契約で移りました。

金丸:2020年ということは5年前ですから、大学在学中ですよね。

吉田:推薦で筑波大学の体育専門学群に入学して、10ヶ月後にはポーランドに渡りました。コロナ禍で授業がオンラインに切り替わったのが大きかったですね。大変だったけど、ちゃんと卒業しました。卒業論文も書いたんですよ。

金丸:そうだったんですね。ハンドボールは代表選手の中でも、海外でのプレー経験がある人がまだまだ少ないと感じています。サッカーもJリーグが発足してプロリーグができたからといって、すぐに日本人選手のレベルが上がったわけではありません。海外でプレーする日本人が増えると同時に、日本でプレーする海外出身の選手も増えて、徐々に世界でも通用するレベルになっていきました。今では代表選手の多くが海外組です。

吉田:それはそうですね。もっと世界に飛び出す日本人選手が増えてほしいです。

金丸:昨年、パリオリンピックに行って、世界トップレベルのプレーを間近で見てきましたが、改めて確信しました。日本の環境しか知らずに国際的な舞台に立っても、勝てるわけがないって。

吉田:国際大会での経験がやっぱり少ないですよね。日本男子ハンドボールは東京オリンピックに出場しましたが、あれは開催国枠だったし。

金丸:それが33年ぶりのオリンピック出場でしたね。

吉田:そしてパリオリンピックでは、36年ぶりの自力出場を果たしました。

金丸:パリの予選第1戦、クロアチア戦は30対29と惜敗でしたね。

吉田:やっぱりその話が出ますよね。残り1分で29対29の同点、相手のゴール前で僕がボールを取って、キーパーと1対1の状況に。

金丸:あの瞬間、どう思いました?

吉田:「きた!」って。

金丸:勝った、と思いましたよね?

吉田:思いました。

金丸:なのに……。

吉田:点を取れませんでした。ほんっとうにすいません!

金丸:いやいや、責めているわけじゃないんです(笑)。

吉田:ほんとですか(笑)?

金丸:吉田さんのように、普段から海外でプレーしている人でも、ああいう決定的な瞬間のプレッシャーはすごいんだろうな、と。

吉田:ゴロやワンバウンドでもいいところで、思いっきりシュートして外して……。直後相手ボールになり、ゴールされてそのまま試合終了。ほんとに冷静じゃなかったです。僕自身、まだまだ経験不足でした。

金丸:日本はちょうどゴールデンタイムで、試合が地上波で中継されていて。

吉田:らしいですね。それを聞いてなおさら「最悪だ……」と思いました。せっかく日本のみなさんに応援してもらっていたのに。

金丸:これからも同じような機会がまだまだあるはずです。そこで吉田さんが大活躍されることを期待しています。

空手とバスケを経験して、野球を始めるつもりが……


金丸:では話題を変えて、吉田さんのように若いうちから海外で挑戦する選手がどうやって生まれたのかを紐解いていきたいと思います。ご出身はどちらでしょう?

吉田:和歌山県の紀の川市です。和歌山と聞くと海を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、海まで車で1時間かかる山の中で、まあ、典型的な田舎ですね。

金丸:子どもの頃から背は高かったんですか?

吉田:今、193センチですが、小学6年生のときには167センチありました。

金丸:ご家族も全員大きいとか?

吉田:父は185センチ、母は172センチだから、結構大きいですね。でも祖父母はそうでもないので、なんで僕がこんなに大きくなったのかわからないです。

金丸:ご両親は何かスポーツをされていたんですか?

吉田:父はバレーと柔道、母はテニスをしていました。兄がひとりいますが、僕と同じくらいの身長で、バスケをしていました。僕以外は趣味程度でしたが。

金丸:吉田さん自身は、どんなスポーツを?

吉田:まずは空手ですね。年中くらいから小学6年生の夏までやっていました。父がテレビで格闘技をよく見ていて、その影響で「やってみろ」と。

金丸:体が大きかったら、空手も強かったでしょう。

吉田:トロフィーやメダルはいっぱいもらいましたね。どんな大会に出たのか、あんまり覚えてないんですけど。

金丸:ということは、強かったけれど、そこまでのめり込んではいなかったんですね。その後は?

吉田:6年生の秋からバスケを始めて、中学でもバスケを。これは単純に兄がやっていたからです。というか、もともとは野球をやりたかったんですけど、「用具が高い」とか「集まりに参加しないといけない」とかいう理由で、親に渋られて。

金丸:野球はダメだけど、バスケはいいんですね(笑)。

吉田:全国大会を目指して頑張りましたが、近畿大会止まりでした。で、「高校からなら、野球をやってもいいよ」って言われていたので、いよいよ野球を。

金丸:もともと野球が好きだったんですか?

吉田:高校から野球を始めて、プロ野球選手になる、という夢がありました。

金丸:甲子園に出てスカウトされて?

吉田:まさに。「エースで4番で甲子園優勝、そしてジャイアンツに入団する」って。

金丸:ちょっとちょっと、関西出身ならそこは阪神タイガースでしょう(笑)。

吉田:あ、「エースで4番で甲子園優勝して、阪神に入団する」というのが夢でした(笑)。

金丸:さっそく変えてもらってありがとうございます(笑)。しかし、ずっと野球をやりたかったはずが、どうしてハンドボールになったんですか?

吉田:入学して、野球部の見学に行ったんですよ。そのときの先輩の話し方がめっちゃ上から目線で、「こいつらの下でやりたないな」と思ってやめました。

金丸:それですっぱり違う道に行っちゃうって、吉田さん、なかなかの反骨精神ですね。

吉田:そういう部分はめっちゃありますね。

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