
~好奇心と恐れない心で、音楽だけに留まらない挑戦を続ける~
南米の子どもたちと出会い、世界の広さを改めて実感
金丸:田中さんはウィーンに単身飛び込んで、ほぼゼロから歌を学び始め20年を経て、世界中で活躍されています。最近では国際交流にも取り組んでいらっしゃるそうですね。
田中:アルゼンチン国立青少年交響楽団を招致して、昨年、日本でコンサートを開催しました。
金丸:南米のアルゼンチンというのが意外ですが、どういう接点があったんですか?
田中:北半球と南半球は季節が逆転しているので、ヨーロッパの夏季休暇の時期に南米に演奏旅行に行くのがスタンダードなんです。特にアルゼンチンのブエノスアイレスは、南米のパリともいわれています。ヨーロッパからの移民が作った街なので、ヨーロッパの風景そのままなんですよ。
金丸:アルゼンチンは、ハンドボールやサッカーが盛んなのも、ヨーロッパを思わせますね。
田中:そうですね。パリっぽいところもあれば、イタリアの街並みみたいなところもあって、文化をそのまま引き継いでいるような場所です。クラシック音楽もヨーロッパの一般的な街よりも盛んで、ウィーン並みですし、マルタ・アルゲリッチやダニエル・バレンボイムといった有名な音楽家たちの出身地でもある。アルゼンチンを初めて訪れたとき、私はウィーンで全身がビクビクって感じたのと同じくらい、「なんだこれは!?」って衝撃を受けたんですよ。
金丸:何に衝撃を受けたのですか?
田中:移動中の車窓から見た、「ビジャ」と呼ばれるスラム街です。これまでもヨーロッパで治安の良くないところを見てきたつもりでしたが、ビジャは想像を超えていました。エリアから出られないように周囲に針金が張られていて、その向こうで子どもたちが普通に遊んでいる。そのエネルギーに圧倒されました。遠くには日本と変わらない超高層ビルが建ち並んでいて、とても同じ時代を生きているとは思えませんでした。
金丸:南米は貧富の格差が激しいですからね。
田中:地球って本当に広くて、まだまだ知らないことがたくさんあると、改めて思い知らされましたね。そのあと、スラム街出身でオーケストラに入って活躍している子どもたちが何人もいると聞いたので、会いに行きました。それがアルゼンチン国立青少年交響楽団との出合いで、もう10年ぐらい交流が続いています。
金丸:スラム生まれであっても、音楽的な才能があれば、そこから抜け出すことができるんですね。
田中:オーケストラには、オーディションを経て、さまざまな国籍や家庭環境の子どもたちが集まっています。子どもの可能性が生まれ育った環境で左右されてはいけないという理念に共感したし、才能を開花させるためには、自分の可能性を信じる必要があります。それに青少年交響楽団のパワーに触れることは、日本の若い世代にとっても、すごく意義のあることなんじゃないかなと、招致することにしました。音楽を通して違う国を知ることは、きっと双方の子どもたちの間でいい化学反応が起きると思うんです。
金丸:若者が自分を信じてこそ、社会や国を変えることができますからね。
好奇心の赴くまま、音楽にも社会にも貢献したい
金丸:田中さんの活動範囲は、歌手という枠をすでに超えているように感じます。
田中:私、ものすごく好奇心が旺盛なんですよ。
金丸:これまでのお話で、十分伝わっていますよ(笑)。
田中:それはよかった(笑)。日本でも毎年ツアーをやっていますし、歌手という軸は変わらないけど、そればかりだとどうしても閉ざされた世界になりがちで。だから私自身は、もっといろんな世界を知りたいと思って活動しています。新しい出会いの中で、「これと音楽って、一緒にしたら絶対楽しいんじゃない?」って感じるものが、まだまだあるはずですから。
金丸:音楽を起点にしながら、音楽の枠に留まらない田中さんの今後のご活躍が楽しみです。そういえば、学校の理事長も務めていらっしゃいますよね?
田中:はい。西日本で最初の国際バカロレア(世界中どこにいても同水準の教育を受けることができ、必要条件を満たせば世界各国の大学への入学資格を得られる学習プログラム)認定を受けた一条校の理事長を。広島市にあるんですが、国際社会で活躍する人になるには、芸術文化を知るべきだということで、ずっと音楽家を理事長にしたかったそうなんです。それでたまたま私にお話が来て。
金丸:アルゼンチンのオーケストラといい、学校の話といい、田中さんのような方が教育に携わっていただけると、私としては未来に希望が持てます。
田中:教育って「勉強しろ」という話だけじゃなくて、すべてに関わってくるじゃないですか。今日みたいにこんなに美味しいごはんを食べることも、教育のひとつです。
金丸:本人次第ですべてが学びになりますからね。
田中:若いうちにいろいろな経験ができれば、それだけその子の可能性は広がります。私は音楽家として、そのために自分ができることをやって貢献したい。まあ私自身は、人生プランはゼロなんですけどね(笑)。
金丸:中途半端に計画を立てるより、そのほうがよっぽどいいですよ。田中さんは素直に反応して、すぐに動ける人だし、その行動力が周囲を巻き込んで、より大きな流れを生み出しているように感じます。これからも陰ながら応援させていただきます。今日はお忙しいところ、本当にありがとうございました。