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SPECIAL TALK Vol.130

~好奇心と恐れない心で、音楽だけに留まらない挑戦を続ける~


ウィーン訪問で衝撃を受け、3ヶ月後に留学に踏み切る


金丸:それまでに「歌がうまい」とか「高音がきれいだね」とか、友達から言われたことはなかったんですか?カラオケに行くこともあったんじゃないかと。

田中:中学、高校時代はよく行っていましたよ。私の青春時代は安室奈美恵さんや浜崎あゆみさんが全盛期で、よく歌っていましたが、周りにうまいと言われたことは一度もなくて。原曲キーで歌っているから、「声が高い」とは言われていましたけど。

金丸:原曲キーよりもさらに上は出していなかったから、そんな才能が眠っていたとは本人も気付かず。面白いですね。それで、歌を習い始めてからはどうだったんですか?

田中:それが、スタート段階では熱量ゼロだったので、すごく不真面目な生徒で。レッスンをサボって、先生から母に連絡が来たこともありました。

金丸:不良生徒ですね(笑)。

田中:「すごく珍しい声だから、一度やってみたらいいんじゃないですか?」「じゃあ、やります」って感じで始めたので、あんまり乗り気じゃなくて。それまでオペラなんて聞いたこともなかったし、最初は正直、そんなに興味もなかったんです。歌うことは嫌いじゃないから続けてはいましたが。

金丸:じゃあ、どこかで転機があったんですね。

田中:ありました。高校3年の冬休みに、先生が「ウィーンに行きませんか?」と誘ってくださったんです。音大生たちと一緒に行く1週間の研修旅行。ピアノでずっと弾いてきた音楽家たちの故郷なので、行ってみたいと思いました。両親に相談したら、「行ってみたら」と言ってくれて。

金丸:いかがでしたか?初めてのウィーンは。

田中:衝撃でしたね。街の空気感とか匂いとか、目に入る景色のすべてが「今まで自分がピアノで弾いてきた音楽が生まれた街だ!」って感動して。旅行前は「ウィーンって、地図だとどこだっけ?」ぐらいの感じだったのに、もう「ここだ!」って思って。

金丸:熱量ゼロだったのに、火がついた。

田中:歌のレッスンを1週間やってくださったウィーンの先生が、「まだ若いし、可能性がある。本当にプロになりたいなら、今すぐ来たら?私が教えるから」とおっしゃってくださって。「だったら、行きます」と。

金丸:即答ですね(笑)。ご両親は何とおっしゃいました?

田中:「行ったら」って。

金丸:こちらもシンプル(笑)。

田中:で、その3ヶ月後に留学したんです。

金丸:それはさすがに早すぎませんか(笑)。語学もまったくゼロの状態ですよね。

田中:はい。ウィーンの街を見て恋に落ち、もう一回行きたい、もう一回会いたいって思ったから留学しました。だからその時点でも、歌への熱量はまだ10%くらいだったんです。

金丸:それでよく留学まで踏み切れましたね。それだけウィーンに恋したんですね。

動じない両親だったから、やりたいことに挑戦できた


金丸:多くの人は新しく何かに挑戦しようとするとき、「うまくいかないんじゃないか」と尻込みするものです。ところが田中さんからは、そういうためらいを一切感じません。

田中:留学してデビューするまでは、やっぱり外国ということもあって、苦労もストレスもありましたけどね。

金丸:でも、自分を信じることができたからこそ今がある。もともと、自分に自信があるタイプなんでしょうか?

田中:というよりも、あんまり自分に興味がないというか、どう思われようが別にどうでもいいというか。

金丸:なるほど、人の目を気にしない。だから、自分がやりたいと思ったことを即座にやれる。

田中:私に何かネガティブなことがあったときも、私自身は平気なんです。逆に、私の身近な人がそれに動揺したときの方が、私は耐えられないんですよ。実は小学校か中学校のときに、通信簿に「音楽の才能ゼロ」って書かれたことがあって。

金丸:ええっ!?

田中:今でもよく覚えているのが、それを見た母のリアクションです。「なんやこれ」で終わったんです。それ以上、私に何も言うことなく。

金丸:全然動じない(笑)。

田中:その「動じなさ」がすごくありがたくて。「母は私に何が起こっても動じないんだ」ということが、すごく心の支えになったんです。

金丸:例えばそのとき、お母様がものすごくショックを受けたり、「うちの子どもになんてことを言うの!」と学校に怒鳴り込んでいたりしたら、「私のせいでこんなことに」と萎縮してしまったかもしれませんね。田中さんも失敗や周りの評価を恐れる人になっていたかもしれない。そう考えると、お母様は素晴らしいですね。

田中:母は今でも、私がメディアに出ても無反応なんです。普通だったら「テレビ見たよ」とか何かリアクションがあるじゃないですか。

金丸:田中さんのご活躍をご覧になっていないんですか?

田中:私も気になって「見た?」って聞いたら、「あ、まだ見てないけど、録画はしたよ」みたいな。

金丸:クールですね(笑)。お父様もですか?

田中:どっちもそうなんです。

金丸:親子ともに自立していますね。そういうご両親だったからこそ、田中さんの考えを否定することはなかった。ところで、周りと同じように大学に進学しなかったということは、音楽以外の選択肢をかなり早い段階で捨てたわけじゃないですか。

田中:そうですね、確かに捨てました……。

金丸:「捨てる」と言うと、ネガティブに聞こえますが、「これをやらない」と決めるのは、戦略を立てる上で最も重要なことです。大抵は、あれもこれもと不必要なことまでやろうとしてしまう。むしろ「これはやりたくない」「これは自分には向かない」と削っていった方が、やりたいこと・やるべきことに集中できます。

田中:私は学校の成績も、体育と国語が満点で、算数や社会は下の方みたいな、すごく好き嫌いが出る子でした。

金丸:好き嫌いこそ大事にした方がいいと思います。日本の教育では「まんべんなくできる」ことが求められるけど、きれいにかたちを整えるよりも、人より飛び出した才能を伸ばすことの方が、主体性や多様性を育む上で大切ですから。

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