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SPECIAL TALK Vol.130

~好奇心と恐れない心で、音楽だけに留まらない挑戦を続ける~

令和のニューリーダーたちに告ぐ


2006年、歴史あるスイスのベルン州立歌劇場において、ひとりの日本人がソリストとしてデビューした。

同劇場として日本人初、かつ最年少でのデビューを飾り、6ヶ月のロングラン公演をやり遂げたのは、当時22歳だった田中彩子氏だ。

18歳で単身ウィーンに渡り、デビュー後はヨーロッパや南米、そして日本でソプラノ歌手として活動を続けている。

類いまれな声質とその技巧で世界から注目される田中氏だが、幼少期からピアノを習ってはいたものの、高校生になるまで自分の声の可能性に気づくことはなかった。

「歌を始めたときは熱量ゼロだった」と語る田中氏が、どのような歩みを経て今日に至ったのか。その過程をたどりながら、自分の可能性を信じて挑戦を続けるための秘訣を探る。

田中彩子氏 1984年生まれ。京都府出身。18歳で単身ウィーンに留学。22歳でスイス ベルン州立歌劇場にて同劇場日本人初かつ史上最年少でソリスト・デビューを飾る。その後国内外問わずグローバルな活動を続けている。さまざまな環境に置かれる子どもたちに音楽を通した教育プログラムを提供する一般社団法人 Japan MEP 代表理事、エル・システマ舞鶴子どもコーラス特別顧問、学校法人AICJ鷗州学園 理事長を務める。8月に軽井沢大賀ホール公演、9月から12月にかけて田中彩子ソプラノ・リサイタル2025「Fantasy of Coloratura」を開催。



金丸:本日はソプラノ歌手の田中彩子さんをお招きしました。お忙しいところ、ありがとうございます。

田中:こちらこそ、お招きいただき非常に嬉しいです。

金丸:今日の対談の舞台は今年1月にオープンしたばかりの『東麻布 いと』です。オーナーシェフの伊東 彰さんは、日本料理の名店で修業され、香港に渡って5年間腕を振るわれたのち、帰国してこちらをオープンされました。「趣を異にする」というコンセプトのもと、オリジナリティあふれる日本料理をいただけるそうです。

田中:日本料理が大好きなので、お食事もとても楽しみです。

金丸:これまで、いろいろなジャンルの音楽家の方をお招きしてきましたが、オペラに出演される方は初めてです。私は大して知識があるわけではないので、オペラのこともいろいろ教えていただければ。

田中:私もクラシックのど真ん中の人生を歩んできたわけではないので、「○○年のあのアルバムの、誰が指揮した」といった専門的なお話はできませんが。

金丸:そこまでマニアックな話にはならないので、安心してくださいね(笑)。ところで、「オペラ歌手」ではなく、「ソプラノ歌手」と名乗っていらっしゃるのは、何か理由があるんですか?

田中:細かいことなので気にする人はいないと思うんですけど、私はオペラに出演しますが、どちらかというと、ソロで歌曲を歌う機会の方が多いんです。歌曲というのは、一曲の中にオペラの物語が凝縮されているものなのですが。

金丸:歌曲はオペラと違って、演技はしないのですか?

田中:ほとんどしませんね。「オペラ歌手です」と言うと、「どのオペラに出演されるんですか?」「どこの劇場に行けば聴けますか?」と質問され、ちょっとしたすれ違いが起きてしまうので、ソプラノ歌手と名乗るようにしています。

金丸:なるほど。田中さんが『魔笛』で『夜の女王のアリア』を歌われているお姿を映像で拝見したんですが、結構、険しい表情で歌われていますよね。

田中:ご覧になったんですね。あれは登場人物である夜の女王の復讐の思いを込めて歌っているので。娘に「あいつを殺して来い」と、怒りをワーッとぶつけるような歌ですから。

金丸:私はそれすら知らなくて、曲を聞いて、曲調から「ロマンスの歌なのかな?」なんて思ったり。音域がものすごく高いから、相当な技術を要求されると思いますが、田中さんにとっては「持ち歌」みたいなものですか?

田中:いやいや、「できる限り歌いたくない」っていつも言っているんです(笑)。

金丸:それは、やっぱり高音だからですか?

田中:もっと高音の曲も歌っているんですけど、『夜の女王のアリア』は感情が込めづらいんですよ。オペラの前半に、「私の優しいお母さん」という娘のセリフがあって。本来は優しいお母さんという役なわけだから、怒るシーンだとしても、怒りに任せるだけの歌い方にはしたくないんです。そもそも私は、怒りを込めて歌うっていうのがすごく苦手で。

金丸:実際にお会いして、そうじゃないかなと思いました。『魔笛』のときの表情が印象的すぎて、ちょっと怖い方かなと思っていたんですが、こうして実際に話してみると非常に柔らかくて、すぐにイメージが覆りました。それに、もっと身長も高いのかと。

田中:よく言われます。不思議なんですけどね。

金丸:それだけ存在感が大きい、ということじゃないでしょうか。今日は田中さんがどのような道を歩まれ、これからどんなことをしたいのかをじっくり伺いますので、どうぞよろしくお願いします。

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