「そこからはもう…私が会社に訴えたころには、彼の会社への根回しが済んでいたみたいで。私が彼を問い詰めて暴れているように見える、彼のマンションの防犯カメラの映像も使われて、会社からは心療内科を受診することを勧められました。
会社の人達からは、言いがかりをつけ続けるとクレーマー扱いされて、他の会社でも雇ってもらえなくなるよって。永井さんからは、もっとはっきり…これ以上、めんどくさい存在になって、この業界で働けなくなってもいいの?って言われました。
で、その通りになっちゃったっていうか。さっきも言った通り、私は永井さんの上司としての優しさを恋愛だと勘違いして逆切れしたクレーマー女、っていう噂が回ってしまったから、それだけでもなんとかしたくて…」
ミチに見られた夜、桃子は、会社を出る永井を捕まえ、もう盗作なんて言わないから、恋愛関係だけは確かに存在したと、周囲の誤解を解いて欲しいと頼み込んだのだという。そして社内の人目を恐れた永井に腕を掴まれて連れてこられ、怒鳴られていたのが、Sneetの真下だったのだ。
ミチさんの前でも泣いてしまって…と、自虐的に笑った桃子が、でもともみさん、と続けた。
「私、さっきともみさんに…彼を嫌いになり切れないのですねと言われて…ここまで話してきて気がつきました。
私は彼にデザインを奪われて、勝手に使われてしまったことよりも…彼が私を愛していなかったんだって認めることの方が辛かったんですね、きっと」
ルビーが桃子の肩をそっと抱いた。
「このお店を知る前、何人かの友達にも話を聞いてもらったんです。みんな、そんなクズでゲスな男を許すなとか、さっきのルビーさんみたいに訴えて復讐しなよ、とか。
親身にアドバイスしてもらえてありがたいし、確かに彼にはひどいことをされたはずなのに、みんなにそう言われるたびに、どんどん傷ついてる気分で……なんでだろう、って。でもそれってたぶん…」
一度言葉を切った桃子が、ともみの目を真っすぐ見た。
「確かにあった…幸せだった時間を、その全てを、否定されているみたいな気持ちだったのかもしれません。彼が私を騙して…私のことなんて全く好きじゃなくて、最初から利用するつもりだったとしても、みんなが言うように、どんなにクズな男だったとしても、
私が彼に恋してたあの日々は、私にとって大切な宝物みたいな日々だったから。
結果的には騙されて利用されて、バカみたいだなってわかってるけど、それでも…その恋してた日々は確かに愛おしいものだったってことを…否定したくなかったんですね、私、きっと。
だってずっと苦しかったんです。彼を恨んで憎むことで自分を取り戻そうとしていたけど、つらくなってボロボロになるばっかりだった。
…だったらいっそ、そんな自分を受け入れてもいいのかなって。今も彼を完全には憎みきれていない、そんな情けない自分を許してもいいのかもしれない…って」
ともみさんのおかげで、今日そんなことに気づけた気がします、と桃子が静かに頭を下げると、ルビーが、でしょ~と笑う。
「うちの店長、優しいんだよぉ~。実はこうみえてこの人もダメ男に恋してる進行形だから、桃ちゃんの同類で、だから桃ちゃんの気持ちがよ~くわかったんだと思う」
ルビー…?とよそゆきの声色の外れたともみの低い声に、こわ~いとルビーがおどけて続けた。
「相手がどんなにクズ男でも、桃ちゃんが恋して幸せだった時間には意味があったし、その時間を否定する必要はないとは思うよ?
でも、このまま桃ちゃんだけが泣いて我慢して終わるのもなんかダメだと思う。クズ男にも少しはクラわせてやらないと。
ねえ、桃ちゃん、そいつにガツンと罰を与える気、ない?アタシ、いい案思いついちゃったんだぁ~♡」
思わぬ提案に桃子が固まり。ともみは、ここまでの私の話聞いてた?と呆れてルビーを睨んだ。
▶前回:「最低な男だとわかっているのに、まだ好き…」憧れから始まった恋愛に29歳女が執着するワケ
▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱
▶NEXT:5月27日 火曜更新予定
この記事へのコメント
恋してた日々を否定したくない気持ちは勿論理解出来るけど、そこに執着するのも辛いだけだから。愚かだった自分を認めて出来る限りの復讐をしたらスッキリするかも。 ルビーの提案は光江さんが考えた事かもね! 早く続きを読みたい....
永井は寒い冬の日に歩いていたら突然春風が吹いてその時にいきなり思いついた って。無理あり過ぎ。もはやそれ春風じゃなくて自動ドアが開いた時とかに出た暖房のエアーじゃない? 俺の服を分かる人だけ着ればいいとかちゃんちゃ...続きを見るらおかしい。