港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。
▶前回:「最低な男だとわかっているのに、まだ好き…」憧れから始まった恋愛に29歳女が執着するワケ
水原桃子がBAR・TOUGH COOKIESを訪れていた頃、BAR・Sneetにて
「…あっちは大丈夫ですかね?」
BAR・Sneetの店長であるミチが、心配そうに聞いた。といっても、あまり表情も声色も変わらない彼の“心配そう”が理解できる人は片手で数えられる程しかいないのだが、そのうちの1人が、微笑みながら答える。
「ルビーもいるんだから、大丈夫だよ」
いつものジントニックを手にした、SneetとTOUGH COOKIES、2つのBARのオーナーであり西麻布の女帝こと光江。ミチは、今、“あっち”を訪れているはずの客、水原桃子にTOUGHCOOKIESを紹介したいきさつを、桃子と出会ったその夜のうちに光江に報告していた。
ミチの話によると、桃子は、男に腕を掴まれ怒鳴られていたうえに、その男に騙されたのだと泣いていたらしい。
警察に行くのなら付き添うと言ったミチの申し出を、桃子は断ったようだが、あまり穏やかな話ではなさそうだと、光江はミチがもらった桃子の名刺を元に、彼女の周辺を調べていた。
調べたからといって、よほどのことがない限り手は出さず口も挟まないが、実は光江は密かに、このような隠れたお節介を焼き続けている。
欲望や野心が入り乱れるこの街では、欲深い大人に食い物にされて、抗う術のないまま人生を壊されていく若者たちが少なからずいる。彼らが追い込まれすぎて救えない状態になってからでは遅いのだ。
時には必要悪もあると承知の上で、見て見ぬふりはしない。それがこの街の治安と未来を守ることにつながる。誰に宣言したわけでもないがそれが光江の信条で、ミチにもそれがわかっているからこそ、桃子にTOUGH COOKIESのショップカードを渡したのだろう。
「ボスも心配だったから今日、Sneetに来たんじゃないんですか?」
SneetとTOUGH COOKIESは、徒歩で10分程しか離れていない。何かあれば出向くつもりですよね?という予想を含んだミチの言葉を、光江は鼻で笑った。
「ともみはそんなヤワじゃないだろ。それに、桃子さんとやらの相手の男も…狡猾とはいえ、ただプライドが高いだけの小者だった。そんなのもさばけないようじゃ、あの店は任せられないさ」
ミチはもう何も言わず、空になりかけた光江のグラスのために、氷を削り始めた。光江がこの世で一番愛している酒は…ミチが作るジントニックだ。
「ミチ、アンタが、彼女にともみの店を紹介したことに責任を感じてるなら、アタシはむしろよくやったと褒めたいね。ちょっとはいい男に成長したじゃないか。昔のアンタなら無視してただろ」
からかい口調の光江の方をミチはちらりとも見なかったが、ほんの少し、本当に少しだけ、その口角が上がった。
年齢不詳と言われるミチは今年37歳になった。15歳で光江に拾われて以来、実の母のような存在…というには奇抜すぎる光江をボスと呼び、従い続けてきた日々はもう20年以上になる。
― マドラーの扱いも綺麗になったもんだ。
「酒を作る全ての所作が美しいバーテンダーになれ」
半ば冗談のように光江に叩き込まれたその教えを、ミチはただの一動作に至るまで守り続けた。光江の全てを疑わず、唯一の主だと付き従うその姿勢を、光江の昔馴染みたちは“女帝の忠犬”と呼ぶ。
その愛すべき“忠犬ミチ”に無言で差し出されたロンググラスを手に取り、その完璧な味わいに満足しながら光江は、水原桃子の周辺調査の結果を思い浮かべる。
桃子がアシスタントデザイナーを務めているという「Vérité/N」。桃子が入社したのは3年ほど前らしいが、その頃から経営不振による買収話が浮上し、今もなお、その話は継続中のようだった。
この記事へのコメント
恋してた日々を否定したくない気持ちは勿論理解出来るけど、そこに執着するのも辛いだけだから。愚かだった自分を認めて出来る限りの復讐をしたらスッキリするかも。 ルビーの提案は光江さんが考えた事かもね! 早く続きを読みたい....
永井は寒い冬の日に歩いていたら突然春風が吹いてその時にいきなり思いついた って。無理あり過ぎ。もはやそれ春風じゃなくて自動ドアが開いた時とかに出た暖房のエアーじゃない? 俺の服を分かる人だけ着ればいいとかちゃんちゃ...続きを見るらおかしい。