「Vérité/N(ヴェリテ・エヌ)」は創業12年。数年前まで海外コレクションも行っていたレディスブランドで、例えばワンピースなら安くても4万円~、デザインによっては20万円近いものもある。
創業以来、できるだけ日本の生地や染料を選び、縫製も日本で行う、いわゆる“ジャパンメイド”にこだわってきた。
日本の職人や工場を守ることは大切で意味があると光江も思うが、日本製だからと服が選ばれる時代ではなくなっているのが現実で、「Vérité/N」も年々売り上げが下がり続けているという。
しかし以前はトレンドの先端を走る人気ブランドだったし、今も有名人たちとのつながりが深いなど知名度は高い。さらに長年海外でコレクションや展示会を行ってきた故に海外での販路もある。
そこに目をつけられたのか、円安のせいもあり、日本だけではなく海外からも買収の話が…ということだったが。
― 永井だったっけねぇ。
デザイナーであり、社長として会社を続けてきた永井という男が強固に買収を拒み続けているらしい。企業に買われれば、ブランドを続けることはできても、その企業の意図に従い売れる商品を作ることが要求される。
光江の調べによると、永井は今年40歳になった人当たりの良い好人物らしいが、最近は周囲に、自分の才能を理解してくれない企業にはブランドを売れない、自分は誰かに指示をされて服を作る量産型のデザイナーではないとこぼしているとも聞いた。
― まずは服が売れなきゃ意味がないだろうに。
光江が呆れるのは、この永井という男が、自分が社長として抱える社員たちのことを全く考えていないということだ。今はまだなんとか自転車操業のように経営ができていたとしても、買収のターゲットになる程売り上げが落ちているのは事実。
今、それらの誘いを、自分のプライドとやらのために断り続けてこれ以上経営が悪化すれば、そのうち買ってくれる企業もいなくなり、ブランドはつぶれる。社員たちを路頭に迷わせてしまうことになるというのに。
クリエーション業と言われる人種がとかく陥りがちな失敗は、ロマンや夢を大切にするあまり、金や儲けの話を苦手とし、チームを存続させるという行為が蔑ろになることだ。
“金では売れない”というプライドにこだわり過ぎたことで、結果的にその大切なロマンや夢を失った“クリエーター”達を多く見てきた光江は、小さく溜息をついた。
買収されるのがイヤならば、経営の専門家を雇って立て直す努力をすればいいものを、永井という男はどこまでも愚かで。
― 盗作さわぎ、ねぇ。
「Vérité/N」では確かに盗作騒ぎが起こっていた。しかし永井は被害者で、水原桃子が加害者として決着がつきかけているようだった。
永井のことを嫌う部下がいないのだという。芸能人やモデルが好んで着るブランドの有名デザイナーなのに気さくで、面倒見がよく優しい上司。それが永井の評判だった。
今回の騒ぎで、結婚間近だった恋人がいることも発覚し、その関係を社内でも誰も知らなかったのは、相手がそこそこ有名な女優だったから。彼女のCMなどの契約もあり付き合って3年になる2人の関係は、ずっと隠されてきていたのだという。
そんな永井に桃子が、デザインの指導を受け、2人で食事に行くようになると夢中になり舞い上がり、永井も自分に好意があると思い込んだ。しかし永井に恋人がいると告げられフラれたことでその腹いせに、自分のアイディアを盗まれたと騒いでいる。
― という筋書きらしいけど。
ミチが桃子に出会った夜に聞いた話とは随分違う。もちろん桃子がウソを言っている可能性もあるだろうが、ミチは本性探知機なのだ。その生い立ちのせいもあるのか、人の本性やウソを見抜くそのセンサーのようなものを光江は信じていた。それに。
「ここ何年かのVérité/Nの服…永井さんのデザインって、まあ悪くはないんだけど、昔みたいに見た瞬間に絶対買いたいってときめく衝動がなくなったんですよね。だから展示会に呼ばれてもあまり行かなくなってたんですけど…」
光江が、Vérité/Nがどんなブランドだと思うかを聞いた時、そう答えたのはファッション業界でも名のしられた有名スタイリストだった。
つまり永井という男は、ファッション界でもっとも感度の高い人達から飽きられ始めていた。次のシーズンのお披露目でもある展示会に行く人が減るということは人気の低下を表し、それは本人も自覚してただろう。ところが。
この記事へのコメント
恋してた日々を否定したくない気持ちは勿論理解出来るけど、そこに執着するのも辛いだけだから。愚かだった自分を認めて出来る限りの復讐をしたらスッキリするかも。 ルビーの提案は光江さんが考えた事かもね! 早く続きを読みたい....
永井は寒い冬の日に歩いていたら突然春風が吹いてその時にいきなり思いついた って。無理あり過ぎ。もはやそれ春風じゃなくて自動ドアが開いた時とかに出た暖房のエアーじゃない? 俺の服を分かる人だけ着ればいいとかちゃんちゃ...続きを見るらおかしい。