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SPECIAL TALK Vol.127

~「家族」を描き続けたからこそ、映画の先に見えてきたものがある~


自然豊かなロケ地で得た、生きる上での学び


河瀨:いろいろ言われて思うところもありましたが、『につつまれて』を経て、今度は「おばあちゃんとの何でもない日常もドラマだな」と思って作ったのが『かたつもり』。この作品は、山形国際ドキュメンタリー映画祭で賞をいただきました。

金丸:その後、カンヌ国際映画祭でも受賞されていますよね。

河瀨:『萌の朱雀』ですね。カメラ・ドール(新人監督賞)を史上最年少で。

金丸:ちなみに自主制作の頃は8ミリフィルムでしたが、『萌の朱雀』は?

河瀨:16ミリです。35ミリは高くて手が出ませんでしたが、『萌の朱雀』が受賞したおかげで、その次からは35ミリに。でも、それからすぐにデジタル化の波が来ました。

金丸:デジタルとフィルムの違いを感じることはありますか?

河瀨:デジタルの経験しかない撮影部は、何でも撮っちゃうんですけど、フィルム時代を経験している人は、「これ」と思ったものしか撮りませんね。

金丸:フィルムだとカメラを回した分、お金がかかりますからね。

河瀨:だから、その分アンテナが働いてて、「いらないものはいらない」「いるものはこれ」っていう感覚が鋭いです。

金丸:河瀨さんの映画って、人が出てこない、自然の描写もすごくいいなと思いました。画面いっぱいに緑が出てきて、風が吹いて、葉っぱが揺れる。それだけなんですが、何かほかの映画と違うって感じたんですよ。

河瀨:私は風を撮るときは、風が吹くのを待っているんです。

金丸:自然の風。なるほど。

河瀨:『萌の朱雀』を撮ったのは、私がまだ25〜26歳でしたが、そのとき56歳のカメラマンが教えてくれたんです。若いときって、何でもコントロールしたがるじゃないですか。そんな私に「風は谷から吹いてくるもんやから、ちゃんとそれを待て。風が渡ってくるのが見てれば分かるから」って。

金丸:かっこいい!

河瀨:それ聞いて、「あ、なるほど」と思ったんです。『萌の朱雀』は五條市の西吉野で撮影しましたが、そこでは人間の生活と自然とが循環していました。水は山の川から引いて、排泄物は全部畑に還して、雨が降りそうなときは濁らないようにお風呂を早めにためる。だから天気が気になるときは、西の空を見るんです。

金丸:何だかすごいお話ですね。テレビで天気予報を見なくても、空を見てれば分かると。

河瀨:ちょうど撮影が終わった頃に水道が引かれて、蛇口をひねれば水が出るようになったんですけどね。でも20代の頃に「風は渡ってくる」という話を聞けたこと、あの場所で撮影できたことは、単に映画を撮ること以上に、生きる上で学びになったと思っています。

登場人物の見えない心をリアルに描くために


金丸:河瀨さんの作品って、言葉が少ないというか、余計な言葉がない印象があります。

河瀨:人は嘘をつくし、言っていることと思っていることは違います。風と同じで、人の心は見えない。たぶんその頃から、目に見えないものをどうやったら撮れるのか、ということを考えるようになったと思います。心については、イエス・ノーがはっきりしている国の人たちと比べて、日本人はより慮るから心が見えにくいじゃないですか。

金丸:そういう意識があると、映画を観ながら「こういうことじゃないか」って想像力が刺激されるんですね。

河瀨:間というか、行間というのか。そういうものが人を育ててくれると思うんですけど、最近はテレビでも全部字幕をつけて、単に情報でしかなくなっているような感じがします。そういうものだけに触れていると、感性が育めないというか、自分自身にフォーカスできない感じがあって、私は疲れちゃいますね。

金丸:私みたいな素人が言うものなんですが、俳優さんって、やっぱり演技がうまいですよね。

河瀨:演技じゃないんですよ。私たちは「役積み」と言っているんですけど、役者さんにちゃんとその役柄で生活してもらって、いろいろな経験をしてもらうんです。『朝が来る』でも、夫婦役の永作(博美)ちゃんと井浦(新)くんがディナーを食べるシーンで、初めて会ったときの話をするんですが、「それほんまにやってんとリアリティないやん」って、デートもしてもらいました。

金丸:えっ、週刊誌にすっぱ抜かれたら大変なことになりませんか(笑)。

河瀨:バレたら大変やから、私が見張りながら(笑)。脚本や演出でも、私の実体験を重ねることは結構あります。例えば『朝が来る』でも、ふたり乗りをしているシーンは実体験ですね。

金丸:河瀨さんの甘酸っぱい思い出が、あのシーンに。

河瀨:もう、金丸さん聞き上手ですね。相手は、チェッカーズっぽい感じの同級生でした。

金丸:時代を感じますね(笑)。

河瀨:ほんまに懐しい。30歳になる前くらいですかね。再会していい感じになったんですが、私が「いまは結婚はいいや」っていう時期で。

金丸:その頃、バリバリ映画を撮られていた?

河瀨:そうです。とにかく映画をたくさん作ってた時期で、すごく忙しくて。私はほとんど東京にいるし、彼は奈良にいる。女性って結婚適齢期や出産適齢期がキャリアと被ってくるというのもあって、結局うまくいきませんでした。

金丸:ものすごくドラマチックだけど、なんだか歯がゆいですね。いまはその方と連絡を取ることはあるんですか?

河瀨:実は、彼は50歳になった頃に病気で亡くなったと聞きました。

金丸:えっ……。

河瀨:縁とか運命って不思議ですよね。だから『朝が来る』は、彼は見れなかったんですよね。

金丸:見てたら「これ、俺やん」ってなったでしょうね。

河瀨:そうして笑い合いたかったですね。

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