2025.01.21
SPECIAL TALK Vol.124
かつて丹後地方は食や文化の中心だった
金丸:飯尾醸造は京都府宮津市にありますよね。飯尾さんもお生まれは宮津なんですか?
飯尾:そうです。今でも本社は創業の地にあり、私もそこで生まれました。しかも、うちの敷地から5歩歩くと海なんですよ。京都と言っても、宮津は丹後地域と呼ばれる日本海側にあります。
金丸:天橋立があるほうですよね。宮津周辺は、米どころなんですか?
飯尾:宮津を含む丹後地域は美味しいお米の産地ですし、清酒の発祥の地ともいわれています。
金丸:そうなんですか。じゃあ水もいいわけですね。
飯尾:いいですよ。うちの水は、超軟水です。
金丸:超軟水というのは、お酢づくりに向いているんですか?
飯尾:実は、軟水だと発酵しづらいんです。だけど「発酵に時間がかかる」というのは、裏を返せば旨みをより深めることができる。酸味は1日で作れますが、旨みは100日以上かけて発酵させることで、じわじわ出てきます。
金丸:そんなに時間がかかるんですね。京都府の日本海側だと、最近ではグルメ界隈で、間人(たいざ)ガニも有名ですよね。
飯尾:お隣の京丹後市の名産です。
金丸:米も穫れるし、海の幸も豊富。海に面しているから、昔から交易も盛んな土地柄だったのでは?
飯尾:「日本海側こそ日本のルーツ」ともいわれますからね。朝鮮半島や中国大陸から船で来ると、海流の関係で丹後にたどり着くそうです。宮津には伊勢神宮のルーツとされる元伊勢 籠(この)神社という由緒ある神社もあります。そこの宮司さんは今83代目で、家系図は国宝にもなっているんですよ。
金丸:83代!?そんなに歴史があるんですね。
飯尾:伊勢神宮の外宮には食物の神様、豊受大御神(とようけのおおみかみ)が祀られていますが、出自は丹後だといわれています。天照大御神が伊勢に移られたときに、伊勢に呼ばれたことで、今は外宮にいらっしゃるとか。
金丸:そんな逸話があるということは、相当食に恵まれていたんでしょうね。
飯尾:かつて丹後は文化や食の中心地で、言うなれば、銀座や青山のような場所だったんです。
金丸:なるほど。そんな土地で、日本最高峰のお酢が作られているというのは、ストーリーを感じますね。飯尾醸造は初代からずっとお酢を作られているんですか?
飯尾:そうです。もとは農家でして、自分でお米を作るだけでなく、周りの人に田んぼを貸してもいたそうです。自分たちで食べる以上にお米が穫れていたので、何か加工品を作ろうとして、近所の酒蔵と競合しないようにお酢を選んだ、と聞いてます。
金丸:創業はいつですか?
飯尾:明治26年、1893年です。日清戦争の前年で、今から130年前ですね。当時の生産量はわかりませんが、細々と近所の人に向けて作っていたそうです。
金丸:では、事業拡大は2代目以降に?
飯尾:2代目は早くに亡くなって、3代目、つまり私の祖父が20代で後を継ぎました。その3代目が農薬を使わないお米作りにチャレンジしたんです。
金丸:先々代から無農薬に取り組まれていたとは、かなり先進的ですね。
地域の米農家とともに刻まれた飯尾醸造の歴史
飯尾:無農薬栽培に取り組み始めたのは、1964年。前の東京オリンピックの年です。
金丸:ちょうど高度経済成長期ですよね。当時は「農薬を使うリスクを考えないで、とにかく食糧を生産しよう」という世相だったのでは?
飯尾:まさに。しかも今よりも毒性が強い農薬が使われていて、田んぼからドジョウやフナが姿を消しました。散布後は人も立ち寄らないようにしていたくらいです。「これはまずいのでは」と考えた3代目が、周りの農家を回って「農薬を使わずに米を作ってくれないか」と説得したと聞いてます。
金丸:70年代に入ると公害が社会問題化しますが、それ以前の話ですよね。理解してもらうのもなかなか大変そうですが。
飯尾:無農薬米で作ったお酢ができるまでに、2年かかったそうで、それが今も続く「純米富士酢」です。
金丸:お祖父様からお父様、そして飯尾さんに代が移っても、ずっと無農薬での生産が続いている。すごいことですよ。当然ながら、無農薬となるとかなり手間がかかるのでは?
飯尾:草取りにものすごく労力がかかるし、お米の収穫量もだいたい半分になります。
金丸:その分、高く買わなきゃいけない。
飯尾:そうです。生産いただいている契約農家の方から、全量を、農協価格の3倍くらいで買い取るようにしています。それから田植え機は1台あたり数百万しますが、うちで買った機械を契約農家さんに無償で使っていただくようにもしています。
金丸:素晴らしい。高価格での買い取りも機械導入の負担軽減も、本来農協がやるべき仕事を飯尾醸造がされていて。
飯尾:全国どこでもそうですが、うちの周辺でも農家の高齢化は進んでいます。そこで2002年から、続けられなくなった農家さんから棚田を借り受けて、飯尾醸造としても米作りを始めたんです。
金丸:無農薬なうえに棚田ですか。棚田って、一区画が小さいし、まっすぐになっていないから、まともに機械を入れられないでしょう。
飯尾:そうなんですよ。機械を入れられないから効率はよくないし、実際のところ、そこで穫れるお米がなくなったとしても、量としては大した影響はありません。でも耕作面積がどんどん減っていくなかで、棚田のある田舎の風景を守るためには、それしかないという判断です。蔵人たちからすれば、「お酢を作りたいのに、米までやらなきゃいけないのか」という気持ちがあるかもしれませんが。
金丸:そりゃそうだ。農作業がしたくて入社されたわけじゃないですからね。
飯尾:それで、私が実家に戻ったあと、2007年からは棚田での田植え作業を「田植え体験会」に仕立ててみました。最初の年は、参加者はわずか5人だけでしたが、徐々に人が増えていって、今では全国のお客さんを含めて、のべ200名が参加しています。
金丸:それはすごい。稲を手植えするなんて、なかなか経験できないですからね。好奇心旺盛な人や食に関心の高い人は参加したがるだろうし、それがまた良いお客様を育てることにつながると思います。
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