SPECIAL TALK Vol.124

~丹後を日本のサン・セバスティアンに。地方の「お酢屋」がまちづくりを考える~


貴重な米酢だからこそ安売りをやめた


金丸:さきほど大学院で研究したものの、成果は出せなかったとおっしゃいましたが、その後、すぐ実家に戻られたんですか?

飯尾:いえ、家に帰っても使い物にならないと自覚していたので、営業スキルを身に付けたいと思い、コカ・コーラに就職しました。まあ、入社してすぐに営業の適性がないことに気づいたんですが。

金丸:それは困りましたね(笑)。

飯尾:でも、すぐに分かってよかったです。無理して自分が営業として動くより、営業支援に徹しようと切り替えられました。

金丸:一人ひとりが役割を果たして、企業全体として利益を出すことが重要ですからね。

飯尾:そのとおりです。飯尾醸造に戻ったら、苦手な営業をやるより、引き合いのある商品作りに取り組みたいと。

金丸:コカ・コーラにはどのくらいいらしたんですか?

飯尾:4年半です。

金丸:その後、実家に戻られて後を継いだんですか?

飯尾:いいえ。見習いを8年くらいやりました。その間は、「5代目見習い」という肩書で、名刺にも書いていましたね。で、私のほうから「そろそろ替わってくれ」と頼んで、代替わりしてから13年目です。

金丸:「富士酢プレミアム」が完成したのはいつでしょう?

飯尾:2007年ですね。私が実家に帰って3年後。父が研究開発を始めてから20年かかりました。

金丸:では、ついにダイアセチルを減らすことができたんですね。

飯尾:いや、実は「富士酢プレミアム」もダイアセチルの量は従来と変わりません。特徴的な香りなので、確かに嫌がる方はいますが、ダイアセチルって、お酢にとってはコクを与えてくれる大事な要素のひとつなんです。だから、減らせないなら、ほかの香りでマスキングすればいい、と方向転換しました。

金丸:最後は逆転の発想だったとは。私も味わってみて、その方向で間違いなかったと思います。「富士酢プレミアム」はお父様と共同で取り組まれましたが、飯尾さんの代になってから、路線変更したことはあるんですか?

飯尾:私の代になる前の話ですが、入社してすぐ「プライベートブランドのOEMをやめよう」と提案しました。当時、飯尾醸造の売上は3億円ほどで、そのうち2割が下請けでした。せっかく苦労して作ったお酢なんだから、自分たちの名前で、自分たちの商品として世の中に出したいじゃないですか。

金丸:まったく同意します。OEMは売上の拡大には有効ですが、メーカーそのものの知名度が上がるわけではないし、ブランド力も高まりません。

飯尾:それまでは、本来1,000円で売れる商品を問屋さんに500円で納品していましたが、これからは通販に力を入れて、消費者に直接販売することで、1,000円で売る体制に切り替えようと提案したんです。もちろん、OEMで出していた分がなくなったので売上は落ちたし、問屋さんだって面白くないもんだから、「純米富士酢」の取引も減ってしまって。売上高は2.7億円まで落ち込みました。

金丸:ちなみに現在の売上高は?

飯尾:4億円ほどですね。

金丸:では、回復させただけじゃなくて、さらに伸ばしたんですね。お見事です。

長期熟成をした希少なお酢づくりに力を入れる


金丸:日本って、農業もものづくりも、もっと高く売るための方策を考えればいいのに、なぜか安売り競争ばかりしてしまうじゃないですか。さきほどダイレクト販売の売上を伸ばしたとおっしゃいましたが、価格決定権を取引先に委ねず、自分たちが持つことは本当に大事だと思います。いかに高付加価値の高い商品やサービスを生み出すかを考えないといけません。

飯尾:そうですね。うちでいえば「富士酢プレミアム」もそうですが、赤酢もかなり希少価値があると思います。江戸前鮨に使われる赤酢の原料は、酒粕です。うちでは米から作った酒で米酢を作り、残った酒粕から赤酢を作っています。昔からアップサイクルしていたわけですね。

金丸:飯尾醸造の赤酢はどんな特徴があるんですか?

飯尾:一般的には2〜3年物の酒粕で作るんですけど、うちの場合、最低10年は寝かせます。現行のロットでいうと、2004年の酒粕を使っているので、20年近く寝かせていますね。

金丸:そんなに長い期間!?もうその時点でビンテージじゃないですか。その赤酢は、普通に購入できるんですか?

飯尾:生産が年間5,000リットル程度なので、ほとんど流通させていません。東京でも銀座のお鮨屋さんとか、海外を含めて100軒くらいだけに使っていただいてます。

金丸:海外にも輸出されているんですね。

飯尾:シンガポールや香港に。ミシュランの星を持っているようなお店ですね。ただ、自分たちから営業したんわけじゃないんです。富士酢もそうですが、輸出してはいるものの、海外向けのラベルには貼り替えず、そのまま出しています。

金丸:「向こうから使いたい」と言ってもらえるポジションを築いたわけですね。営業が苦手だとおっしゃっていましたが、理想的なかたちじゃないですか。飯尾醸造として、今後は何を目標にされていますか?希少価値のある米酢だから、大量生産するわけにもいかないですし。

飯尾:おっしゃる通りです。ここ数年、私が気になっているのは、生まれ故郷の丹後がだんだん元気がなくなっていることです。お酢のビジネスだけだと街を変えられないので、ちょっとずつでもいいから街を活気づけるために、食をテーマにした事業を広げていこうと考えています。

金丸:宮津市の人口はどのくらいなんですか?

飯尾:1万6,000人程度です。でも、観光客は年間300万人も来ているんですよ。

金丸:すごい数ですね。市場規模としては十分。

飯尾:宮津だけでなく、丹後地域で見ると600万人にもなります。天橋立や伊根の舟屋といった観光資源がありますから。いわゆる皆さんがご存じの京都ではなく、「アナザー京都」「ヒドゥン京都」として、京都市内のポピュラーな観光地に飽きた人たちの受け皿になれればと。これから伸びていく余地がまだまだあるはずです。

金丸:地方発展の可能性って、大いにありますよね。だけどそれに気付いていないところがほとんどです。

飯尾:もったいないですよ。観光と工芸、そして食の3つは、どの地域もポテンシャルが無茶苦茶ある。ただ、それをうまくコーディネートする人がいないのが、共通する課題かなと思います。

金丸:それに、何でもかんでもオススメすればいいわけじゃない。高品質のものに対して、納得してお金を払ってくれるお客様を増やさないといけません。ブランディング力が試されますが、日本はそこが弱いのが悩ましいところです。

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