2024.08.26
夏の恋 Vol.21
3日後の土曜日、麻布十番祭り当日。
「初めまして!沙羅っていいま〜す」
「朔也の友人の浩介です」
一の橋公園で待ち合わせをした私たちは、簡単に自己紹介をした。
浩介の飲み友達だという沙羅は、ド派手な赤い浴衣に完璧なヘアセット。私の着てきたお気に入りのワンピースが、急にみすぼらしく見える。
― すごい女子力…。
私が感心していると、浩介がこう言った。
「今日は、うちのビールを置いている店舗さんを中心に回ろうぜ」
浩介は飲料メーカーの営業らしい。
「やったぁ♡ビール大好き」
沙羅がすかさず、朔也に乗っかる。
その言葉どおり、私たちは何度もビールで乾杯しながら祭りを楽しんだ。
「私、『富麗華』の黒炒飯と北京ダックだけは、絶対食べたくてぇ♡並んでもいいですか?」
「いいよ!春巻きや餃子も買おう」
ピーク時より人が減ってきた20時過ぎ、沙羅の要望で、私たちは高級中華の列に並んだ。
― 思ってることを何でも言えるのっていいな…。
沙羅に対し、感心していた時だった。
「そこのコンビニで俺と浩介で飲み物買ってくるから、ふたりは『富麗華』に並んでてね」
「あっ、待って。私も行くよ」
「大丈夫!すぐ戻るから」
私は沙羅とふたりにされてしまったのだ。
― 気まず…。
そう思っていると、沙羅から話しかけられる。
「あの…美鈴さんって、朔也くんと付き合ってます?」
「ん?まだ、付き合ってはいないけど」
私は「まだ」と含みを持たせて言ったのに、沙羅の顔はパァッと明るくなった。
「本当ですかぁ♡あ〜〜よかった!この後、解散したら朔也くんとふたりになりたくて…いいですか?」
「…それは、朔也くんが決めることだから」
沙羅の勢いに圧倒され、そう言うのが精一杯だった。
― この恋を、“ひと夏の過ち”で終わらせたくないのに…。
悶々としていると、朔也と浩介がコンビニの袋を手に戻ってきた。
「ねぇ、朔也くん。この後って…」
「おかえりなさい〜!私、これ飲みたぁい!」
勇気を振り絞って声をかけるも、沙羅が私の言葉を遮り朔也に駆け寄る。
朔也に話しかけることができぬまま列は進み、私たちは買ったものを公園で食べることにした。
「え〜。これ、めちゃくちゃうまいね!」
「ですよね!朔也さん今度『富麗華』にコース料理食べに行きましょ」
沙羅は、朔也の隣をガッチリとキープしている。
私は居ても立ってもいられず、朔也が買ってくれた麦茶を飲み切ると立ち上がった。
「みんな結構飲んだし、ここでいったん解散する?」
解散したあとで朔也を誘おうと思っていたのだが、上手くはいかなかった。
「う〜ん。あたしはまだ朔也くんたちと飲みたいなぁ。浩介はどうする?」
「沙羅ちゃんがいるなら、帰らないよ。朔也もまだいるよな!」
「……」
沙羅と一緒に居たくない私には、帰るしか選択肢がない。
「じゃあ、私はここで失礼するね」
急に帰ると言い出した私に朔也は焦っていたが、赤羽橋駅方面へ向かって歩き出した。
タクシーに乗らず少し歩きたい気分だったから。
5分ほど歩くと、人通りが少なくなり急に涼しくなる。
― ふぅ…。
深呼吸して後ろを振り返るが、もちろん朔也は追いかけてきたりしない。
「フフ、あはは…はぁ」
私は、自分があまりにも滑稽で笑えてきてしまった。結局、待つことしかできないのだから。
東京タワーをもっと間近で見たくなり、芝公園の方へ歩こうとした時だった。
「美鈴ちゃん!みーすーずーちゃーーん!!」
後ろから名前を呼ばれた。
振り返ると、タクシーの窓から朔也が顔を出してこっちを見ている。
「朔也、くん?」
「よかった!こっち方面走ってもらったんだけど…」
朔也は、タクシーから降りて私に駆け寄った。
「美鈴ちゃんに会えてよかった。会えて」
「どうして?沙羅ちゃんは…」
言い終わる前に、朔也は私を抱き寄せた。
彼の肌の匂いと香水が混じり、胸の奥がキュッとなる。
「もう、美鈴ちゃんに会えないかと思った」
「なんで?会えるよ」
私はそう言うのが精一杯だった。
― そろそろ、自分に自信がないのを元彼のせいにして、臆病になっている自分から卒業したい!
「あのね、朔也くん…!」
私が勇気を振り絞ると、年配のタクシーの運転手が、後部座席のドアを開けながら言う。
「あの…お客さん、とりあえず乗るかい?私のことは空気だと思って、涼しい車内でドライブしながら話しをするのも悪くないよ」
「……ふ、はは。はい!そうします」
私たちは、素直にタクシーに乗り込む。朔也が自宅のマンションを運転手に伝える。
「美鈴ちゃん、俺たちこの前のデートの終わりをやり直そう」
「やり直す…?」
「うん。俺の家に向かってるけど、何もせず、ただコーヒーでも飲みながら話そう」
朔也の大きな手が、私の手に重なる。
「この前、浩介と飲んでる時に、美鈴ちゃんのこと相談したんだよ。そしたら俺も好きな子がいるから、4人で遊ぼうって提案されてさ」
― あ、浩介さんは沙羅ちゃんが…。
「まぁ、沙羅ちゃんにその気はないみたいだけどね」
朔也が苦笑いしながら言う。
きっと、沙羅は浩介の気持ちを知りながら、朔也を誘ったのだろう。
ウジウジしてる私より、彼女の方がよっぽどかっこいい。
「朔也くん!」
「うん?」
「私、朔也くんのことが好き」
私は勇気を振り絞った。もう、どうにでもなれという気持ちで。
「だから、この前のデートをやり直すのもいいけど、なかったことにはしたくないよ」
そこまで言うと、朔也は脱力した。
「うわぁ。あぁ〜よかったぁ。遊ばれてると思ってたから。先に言わせてごめんね。僕も美鈴ちゃんが好きです」
― うそ…。
幸せに浸っていると、タクシーが停車した。
「あの〜、ごめんなさいね。空気が喋りますが、こちらでよろしいでしょうか」
私たちは、彼のことを本当に空気のように扱ってしまったことに気づき笑い合った。
その後、朔也の部屋で飲んだのは、コーヒーじゃなくワインだったし、結局それから求め合ってしまった。
けれど、彼はちゃんと彼女にしてくれた。
朝方、冷房がちょっと寒くて抱きついたら、朔也は優しく私を包み込んだ。
その無意識の優しさに、私はもう一度真剣に恋愛をしようと心に決めたのだった。
▶前回:同棲5年目に突入…結婚したい31歳の女が彼氏との今後をジャッジした浅草デートの結末
▶1話目はこちら:「東京オリンピックに一緒に行こう」と誓い合った男と女。7年越しの約束の行く末は?
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