「…」
突きつけられた現実に、アカリは言葉を失う。
大人になるとは、こういうことなのだろうか?
男女の様々な関係を許容できない自分が、子どもじみているのだろうか?
でも…。
― 麻人さんは、美香ちゃんのことは裏切らないよね?
確認したいが、怖くて言葉にできない。
その時、聞き慣れた明るい声が沈黙を破った。
「アカリちゃん、麻人!ごめんね〜!お待たせしました。早く合流したくて走ってきちゃった。さあ食べよ!」
明るくなった場の空気に、アカリはホッとする。
美香が合流してメニュー選びを始めたために、喉まで出かかっていた麻人への質問は、飲み込んだままになってしまった。
「ところで、なんの話してたの?アカリちゃんのドバイの話聞いた?」
無邪気に笑う美香に笑顔を返すと、麻人はアカリに正面を向けて座り直す。
麻人と向き合う形になったアカリは思わず目を伏せてしまうものの、そんなアカリを尊重する様子で、麻人はゆっくりと話し始めた。
「うん。料理が来るまで、ちょっとだけ話の続きね。ここからは俺の持論だけど…」
不倫や浮気をする人は、自分を変えることができない。
成長することを諦めてしまったからこそ、外に刺激を求めて、あやまちを繰り返すのではないか──。
「あくまで俺の考えだけどね」と前提を置いた上で、麻人は不貞行為を働く男女についての持論をのべた。
肯定とも否定とも違う、麻人の淡々とした物言い…。その言い方にアカリは、不思議と励まされる。
孝一のような人を、「別の生き方をしている哀れむべき人なんだ」と、割り切れるような気がしたのだ。
「変化して成長を続けていれば、見える景色も変わる。毎日が刺激的なはずだよ。
ふたりでいることで、お互いが成長して変化していける。それを一緒に楽しみたいと思えるパートナーと、アカリちゃんも出会えるといいね」
アカリが顔を上げて麻人を見ると、麻人は穏やかな笑顔を浮かべている。
「あの、いったい何の話…?」
美香は。初対面のはずのふたりが思いがけず深い話をしている様子に、戸惑っているようだ。
目を白黒させながら、麻人とアカリを交互に見ていた。
麻人は「この話は終わり」とアカリに目配せで合図をすると、美香に向きなおり、声のトーンを上げた。
「と言うわけで、美香。これを機会に一緒に住もうか」
「え、ええ…!?これを機にって?」
「美香の部屋、いま水浸しなんでしょ。まずはうちにおいでよ。それからゆっくり素敵な部屋を探そう」
「そんな、急に…」
「急じゃないよ。毎日美香のそばにいたいし、互いに変化や成長を楽しみながら、新しい景色を一緒に見たい。俺はずっとそう思ってた」
探り合うように視線を交差させながら、華やかに顔を綻ばせるふたり。気持ちは同じ方向を向いているようだ。
― 変化と成長。…変わりゆく景色を、一緒に楽しみたい、と思える人かぁ。
先ほどまで気にしていた、「麻人が美香を裏切らないか」などという心配は、とうに消えた。
アカリはふたりの将来を祝福すると共に、今日ここにきて麻人の話を聞けてよかった、と思う。
― 今日みたいに、思わぬ出会いがあって、新たな価値観に触れて…。成長しながら、トラウマを克服できたらいいなぁ。
◆
食事を終えたあと麻人は先に帰宅し、アカリと美香は表参道に出た。
交差点には『オモカド』と『ハラカド』が向かい合い、アカリが見慣れていたはずの表参道の景観は大きく変わっている。
「知り尽くしたと思っていたけれど…。東京って、未知の魅力がどんどん出てくる街だねぇ」
「わかる!あの、アカリちゃん。さっきの話…詳しくは聞けなかったけど。私も、自分に変化を感じられなくて、パートナーもできなくて、悩んでた時期があったの」
「知ってるよ。美香ちゃん、ずっと彼氏いなかったじゃん」
「そうそう。それでね、東京から逃げたくなって」
「えっ…」
― 私と一緒だ…。
そう、東京の街は底知れない。
良い意味でも悪い意味でもエネルギーが渦巻いていて、時に疲れてしまうのだ。
「でも、麻人に出会って、視点が変わって。東京にだっていろいろな街があるし、出会う人にもそれぞれの価値観があるよね。
それを受け入れて、自分が変わっていくことも楽しめるようになって、世界がカラフルになった」
「そっか…」
「アカリちゃんも、ドバイで楽しんで。東京から応援してる」
美香のエールを受けて、アカリは心からワクワクした。
― ようやく、あの日に刺さった心の棘を抜くことができた。
小さく畳んでしまっていた地図を、大きく広げよう。そして、前に進もう。
これからの自分の成長と、共に見えてくるであろう新たな景色を見よう──。
自分も街も、どんどん変わっていく。
変化を怖がらずに、受け入れて楽しむ。
そうすれば、私たちはそれぞれの街で…きっと、カラフルな景色を楽しめる。
「ありがとう。じゃあ…また東京でね!」
明日への期待を胸に、アカリは変わりゆく東京の街をあとにした。
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