2024.04.06
アオハルなんて甘すぎる Vol.10ソファーの前に置かれたガラスのテーブル(こちらも巨大)の上に、カップ&ソーサーでコーヒーが置かれた。出してくれたのは、ドラマでよく見るお手伝いさんそのもの、制服のような黒い服に白いエプロンをつけた女性だった。
愛さんが、お久しぶりです、と言っていたので、多分愛さんが結婚していた時からいる人なのだろう。私たちをここに連れてきた人は、私たちを待たせたままどこに行ったんだと気になるけれど、とりあえず客扱いはしているつもりらしい。
― コーヒーなんか飲む気にはなれないけど。
それは愛さんも同じだったようで、コーヒーには見向きもしていない。お手伝いさんが出て行くのを待って、愛さんは小さな声で、宝ちゃん、と言った。
「宝ちゃんが私と一緒にいようとしてくれたその気持ちは本当に嬉しいし、ありがたい。でも、私やっぱり、ここに宝ちゃんを連れてきてしまったことを、猛烈に後悔してる。
あの人が私に何を言っても、もし宝ちゃんが何かを言われたとしても、宝ちゃんは答えなくていいから。何も話さず黙っていてね。あの人は次元が違う。人の感情がわからないサイコパスだから。宝ちゃんを傷つけたくないの」
「……サイコパス…」
何で愛さんがそんな人と結婚を…?と思いながらも、私は、はいと頷いた。小さな声でしか話さない愛さんに、どこかに盗聴器でもついてるの?と怖くなりキョロキョロしていると声がした。
「時間がない。単刀直入に話そう」
そう言って入ってきたサイコパス…じゃない、元夫さん…タケフミさんは、スーツを着ていたはずなのに、ネイビーのセーターにベージュのスラックス姿になっていた。時間がないなら着替えるな!と突っ込みたくなったが、当然黙っている。
ソファーテーブルをはさんで私たちの前、窓ガラスを背にして座ったタケフミさんの顔が逆光で暗い…と思っていると、窓ガラスのカーテンが電動で閉まった。座ると閉まるの!?と驚き密かに辺りを伺うと、お手伝いさんがリモコンを押しているようだった。
「…あなたが私に会う必要があるのは、あの子に関わることだけですよね」
切り出したのは愛さんからだった。そうだ、と短くつぶやいたタケフミさんの前に、お手伝いさんがグラスを運んできた。おそらく水であろうそれをグイっと飲んでから、タケフミさんは言った。
「タケルは、中学から海外に行かせる。決定事項だからジャマをしても無駄だと直接くぎを刺しておこうかと思ってね」
あの子、そしてタケル。そう呼ばれたのはきっと、パリで雄大さんが話してくれた、愛さんが離れて暮らしている小学4年生の息子さんのことだろうと、容易に想像がついた。
― 海外に行かせるって…愛さんは今、息子さんと一緒に暮らすために頑張ってるはずでは?
そもそもこのタケフミさんが不倫したことが離婚原因なのに、何かと愛さんに不利な要素を捏造して親権を奪ったと聞いている。それなのにまたも勝手な決定事項を、一方的に通達しているということだろうか。
「…海外…。それは、タケルも納得していることなんですか?」
愛さんは感情を抑えて話しているように見えた。ビジネスモードとでもいうのか、こんなに静かに話す愛さんを初めて見る。
「納得もなにも、アイツが選ぶことではない。私が決める」
― アイツが選ぶことではない?
私には子どもがいないし、偉そうなことを言える立場ではないことはわかっている。でも小学4年生にもなれば、もう十分に自分の意志を主張できるはず。その意志を尋ねて、全てを受け入れずとも、できるだけ尊重するべきなのではないだろうか。
「やりたいかやりたくないか、宝が選ぶんだ。ちゃんと自分で考えなさい」
少なくとも私は、両親にそう言われて育ってきた。特にやりたいことを見つけられず、その選択が自分にゆだねられることが苦痛だった時もあったけど、両親はいつも私の意志を尊重してくれた。大人になった今は、それがとてもありがたいことだったと理解している。
ふいに思い出した両親への感謝に気をとられていると、愛さんが言った。
「…タケルが海外を選ぶならいい。でも行きたくないというのなら、その理由を…あの子の話をきちんと聞いてあげてください。そして望む場所にいさせてあげて欲しい」
「…随分と熱弁するな。まるであの子の気持ちを知ってるみたいだ」
「…」
「月に1度しか会わないお前が、一緒に暮らす私よりあの子の気持ちをわかるとでも?」
「…」
黙った愛さんを、タケフミさんが笑った。そのバカにしたような笑い方には、見ているだけの私でさえムカついてしまう。
「…ああ、これか?」
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