2023.02.11
交換生活 Vol.1― 葵は、元気にやってるかな…。
なんとなく寂しい気持ちを抱えて帰路につきながら、私は中嶋との会話から、妹のことを思い出していた。
とにかく東京に出たくて仕方がなかった私と違い、妹の葵は地元に残りたがっていた。
双子だからわかる。彼女も本当は、東京に強い憧れを抱いていたことを。
それなのに葵は、地元の看護学校に進んだ。その理由は、高校から付き合っていた彼氏と離れたくなかったから、と言っていた気がする。
その彼氏とは23歳という若さで結婚したものの、29歳になった葵に、子どもはまだいない。
地元にいる友達はほとんどが早々に何人も子どもを作り、家を買い、浜松の暮らしにドッシリと根を張っている。
でも葵が、その人たちと違う暮らしをしているのは、もしかしたらせめてもの抵抗なのかもしれない。
いつでも自由に羽ばたけるよう、身軽な状態でいたいという意思表示なのか――。
もちろん、そんなふうに考えているのは私だけだ。
家族は葵の不妊を疑い、友人たちは葵たちの夫婦不仲を疑った。
東京だと放っておいてくれる問題も、地方だとそうはいかないことがある。
― はぁ…。
私はつい大きくため息をついた。
「お客さま、この先はどちらでしょうか」
山手通りでタクシーの運転手に言われ、家までの道を最後まで伝えていなかったことに気づく。
「次の交差点を左でお願いします」
「かしこまりました」
「あれ、運転手さん、女性の方だったんですね」
― 全然、気づかなかった…。
助手席前の名札をちらっと見ると、柊舞香と書いてある。
「はい。お客さまは…おいくつですか?」
「私…29歳なので、もしかしたら同じくらいかもですね」
YESでもなければNOでもない。私は、誰もが傷つかない返事をする。
場の空気を壊さない。
これは、私が東京に来て一番に身につけたスキルかもしれない。
上京のキッカケなど、とりとめのない世間話をしていると、ふときかれた。
「ご出身は浜松なんですね。鰻おいしいですよね。東京は楽しいですか?」
「いえ、そうでもないです」
なぜか途中で「乗車中はウソ禁止」だなんて言わたから、私は思わず本音を口走ってしまった。
18歳のとき。あんなに憧れていた東京が、最近は楽しくない。それは紛れもない事実だった。
中学生までは、“可愛い双子ちゃん”が代名詞だった私と葵。
こっちに来るまで彼氏も途切れなかったし、他校男子に一目惚れされ、付き合ったこともある。
でも、青山学院大学に入学した途端に私の時代は幕を閉じた。
顔が可愛いだけじゃなく、ファッションもメイクもあか抜け、洗練されている子ばかり。
それに加え、親がお金持ちとだというお嬢様とは、最後まで友達にさえなれなかった。
「お客さま。大切な人生を、楽しんでくださいね」
「…。ありがとうございました」
私は、ケーキが入ったオレンジ色の紙袋を、傾かないようにそっと脇に抱えて、タクシーを降りた。
中目黒駅から徒歩13分の、ヴィンテージマンション。
給料の3分の1より少し高い家賃は、私の生活を圧迫している。
それでもこの街に咲く春の花が好きで、ここに住むことを決めたのだ。
上京する少し前に母と一緒に内見をして、直感で中目黒がいい!と言ったのを覚えている。
学生時代は仕送りをもらって、中目黒と祐天寺の間にある小さな1Kに住んでいた。
それなりにお金を稼げるようになった今。それでもこの中目黒から離れられず、学生時代よりは少し広い、30平米のマンションに移り住んだのだ。
最近は、東京でできた友達もチラホラと結婚し始めている。
私たち地方出身者にとって、東京の男性と結婚することは、グリーンカードを手にしたようなものだ。
― 桜…。
私には少し荷が重い名前だ。名前負けしているとも思う。だから、早く自分の名前にふさわしい人になりたいと思うのに、なかなかそうもいかない。
いつか、私も名前のように美しく咲き誇る日が来るのだろうか。
◆
いつものように玄関の鍵を開け、いつものように誰もいない真っ暗闇に向かって「ただいま」とつぶやく。
「地元に帰っちゃおうかな…」
手を洗ってお風呂に入る準備をしながらそう声に出した瞬間、妹から連絡が来た。
双子だと時々こういうことが起こる。相手のことを思っていると、不思議と気持ちが通じるのだ。
しかし、葵からの連絡は意外すぎるものだった。
『葵:離婚しちゃった…』
私は、下着姿のまま慌てて葵に電話をかけた。
▶他にも:30歳を過ぎても:「生活水準は下げられない」港区にしがみつく32歳女が、副業先のバーで流した涙
▶Next:2月18日 土曜更新予定
妹の葵が離婚した理由は…?2人の生活が一変することに!?
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