中嶋は、紙袋を大事そうに持ち上げた。
― キターーーー!
私は、顔がニヤけないように必死にポーカーフェイスを装う。
「え~なんだろう?」
「桜ちゃん、甘いもの好きだよね?」
― ん?甘いもの?
私は、一瞬で真顔に戻る。
「今日取り置きしていたベルトを買いに行ったら、これももらったの。だからあげるよ」
「……」
中嶋が手渡してきたオレンジ色の袋の中身は、バッグではなかった。
「たぶん顧客全員がもらえるわけでもないと思うんだけど、クリスマスケーキだって。僕今年エルメスでそんなに買ったかな~」
中嶋が笑いながら自慢げに話すので、隣の席の品の良さそうな夫婦が、チラチラとこちらを見ている。
「ケーキ…」
確かに甘いものは好きだが、私は一人暮らしだし、この大きさは食べきれない。
きっと中嶋は、自分がエルメスの特別な顧客だということを自慢したかっただけなのだろう。
「あ!あと、おまけも入ってるからね」
私は、紙袋の中に小さい箱をすでに見つけていた。そしてこれがリップだということも知っている。
なぜなら、数年前にルージュ・エルメスが発売されると同時に買いに走ったから。
「あ…ありがとう」
なんとか笑顔を作って、礼を言うと私は化粧室に行くために席を立った。
中嶋が悪いわけじゃない。期待した私が悪い。でも、これ以上中嶋と飲む気にはなれなかった。
― 誰かいないかなぁ。
私はスマホで今から会える人を探した。しかし…。
「そうだ。全部、やめたんだった」
私は数日前に、3つのマッチングアプリを退会し、微妙な関係だった男たちもLINEから消した。
なかなかいい人に出会えないという諦めといら立ちから、すべてをリセットしようと思ったのだ。
私は席に戻り、飲みすぎたフリをして2軒目を回避した。
「じゃあ、桜ちゃんメリクリ!またね」
「…メリクリって」
中嶋に聞こえないように小声でつぶやいてから、ケーキが入ったオレンジ色の紙袋を抱えタクシーに乗った。
この記事へのコメント