東京…特に港区は、ウソにあふれた街。
そんな港区を走る、すこし変わったタクシーがある。
ハンドルを握るのは、まさかの元・港区女子。美しい顔とスタイル。艶のある髪。なめらかな肌…。
乗客は皆、その美貌に驚き、運転席の彼女に声をかける。
けれど、彼女と話すには、ひとつルールがあった。
「せめて乗車中はウソ禁止です」
乗客たちは、隠れた本音に気づかされていく――。
麻布十番~西新宿 井川優吾(30歳)
21時25分の鳥居坂下交差点。
井川優吾はつまらない飲み会を飛び出すと、タクシーを拾った。
「西新宿までお願いします」
「わかりました」
若い女性の声に優吾は驚いて顔を上げた。
そのドライバーは艶やかな髪を一つに束ねていて、斜め後ろから横顔を見るだけでも美人だとわかる。
ネームプレートの顔写真は、これが本当に無加工の証明写真かと疑うほどに美しい。
「柊舞香」それがドライバーの名前らしい。
「…若い女性の運転手さんって珍しいですね」
「そうですか?最近増えていますよ」
「僕は初めてです。こんな美人な運転手さんは」
挨拶代わりの褒め言葉は、スルーされた。
会話をそこでやめることもできたが、好奇心には勝てない。
「柊さんはどうして運転手になったんですか?」
舞香は、バックミラー越しにチラリと優吾を見る。
「答えたくなかったら大丈夫ですけど…。こんな美人さんが、どうしてって気になってしまったもので…」
「私はウソをつきません。すべて正直に話してしまいますが、それでもよろしいですか?」
想定外の返答がきて、優吾は面食らう。
「あ、はい、もちろんです…」
「それともう一つ。お客様もウソはついてほしくないのですが、それでもよろしいですか?」
「…どういうことですか?」
「東京…特にこの港区にはウソが溢れています。ですので、せめてこの車の中では、お客様も私もウソは禁止」
舞香はバックミラー越しに優吾へ微笑む。
「そういう遊びです」