「面白いですね。つまらない飲み会を飛び出して正解でした」
優吾は反射的にそう言った。
「わかりました。ここから西新宿まで、あと20分ぐらいですかね。その間は一切ウソはつきません」
六本木ヒルズを通過したところで舞香は、ゆっくりと質問に答え始めた。
「私、いわゆる港区女子だったんです」
経営者、投資家、エリート会社員、芸能人、業界人…。
舞香は大学の同級生に誘われたことをきっかけに、毎夜西麻布に繰り出しては、お金のある男たちと遊んでいた。
当然、食費はかからなかった。しかも、多めにもらうタクシー代の残金は洋服代、メイク代、美容代にもなり、それでも余るほどだった。
就職活動もしないまま大学を卒業し、2年近くはそんな生活を送っていた。
「でもあるとき突然、毎日がつまらなくなって…それでタクシー会社に就職しました」
バックミラー越しに舞香は微笑む。
彼女の身の上話はそこで終了という意味らしい。
少し濁された気もしたが、優吾は妙に共感した。
優吾は噛み締めるように言った。
「勝手に共感してしまい恐縮ですが、僕も最近、毎日がつまらないんです」
◆
優吾は新卒で商社に入って8年が経つ。
8年もいれば、仕事は覚える。ただ、刺激はない。よく言えば安定だが、その実体はただのマンネリだと自分でも気づいている。
給与もプライベートも充実しているのだからこれで十分だと思うこともある。でも、やっぱり刺激がなさすぎるのだ。
今夜は、そんな優吾を見かねてか、友人の翔也が飲み会に誘ってくれた。
男女4人ずつの集いで、翔也以外の6人とは初対面。
IT企業の男性2人、受付の女性2人、歯科衛生士の女性2人――全員がいつかの飲み会で話したような、変わり映えのしない人間たちだ。
受付の女性2人がテレビ局のタレントクローク勤めだと判明すると、「どんな芸能人を見たか」という話題で盛り上がる。
歯科衛生士2名が「ウチのクリニックにはこんな芸能人が来ていてプライベートで飲んだこともある」とマウントを取り、IT企業2名が大袈裟に手を叩いて笑って女性たちの機嫌を取る。
― ああっ、つまらない!
お前もそう思うだろ?と翔也に視線を送るが、彼はにこやかな微笑みで一同の会話に相槌を打っていた。
優吾はイラっときて、思わず会話に割って入る。
「それよりさ、みんな最近、面白いことあった?」
全員が一瞬きょとんとした。
「面白いことって、たとえば何?」
歯科衛生士の片割れが訪ねてくる。
「たとえば…」
優吾は翔也をチラリと見ながら話を始めた。
「翔也って歌が下手で、練習のつもりでカラオケに行ったときのことなんだけど…」
翔也は気持ち良さそうに一曲を歌い上げたあと、AIの採点で「38点」を叩き出した。
「何それ、低すぎる~」
受付の片割れが笑う。
「こんな低いはずないって、翔也は続けざま別の曲を歌ったんだよ」
するとAIは「686」と評価した。
「なんと、その採点って1,000点満点だったんだよ」
ドカンと笑いが起きた。
これが面白いことなんだよと優吾は満足する。
しかし翔也は、苦笑いを浮かべながら言い返してくるのだった。
「たしかに、そんなこともあったけど、大学時代のもう10年以上も前だぞ。全然“最近の”面白いことじゃないだろ?」
面白い話題なら何でもいいじゃん、と優吾は内心で思いながら、それ以上は何も言わなかった。
話題はすぐに、カラオケの得意レパートリーに移る。再びつまらない会話のスタートだ。
優吾は、場から浮いた。
20分も経つと「仕事が残ってる」とウソをついて、自分のぶんの会計を済ませて、店を出た。
「それから拾ったのが、この柊さんのタクシーだったんです」
舞香は何も言わず、ただ静かにハンドルを握っている。
タクシーは神宮外苑から国立競技場へと抜けていった。
「なんか、すいません。自分語りしてしまって」
「自分語りは構いません。それが本音であるなら」
舞香は含みのある言い方をした。