個性を求められる渋谷区夫婦
「葵、出かけるよ」
「はーい。今下りるね」
そう言って私たちは、部屋から直接繋がっている屋内ガレージに出た。この専用ガレージの前には、迎えの車やタクシーをつけることができるのだ。
この日も、誰とも顔を合わせることなく自宅からブラックバンに乗り込み、隆史の専属運転手の運転で、紹介制の和食店まで向かう。
こんな体験ができる人、東京に何人いるのだろうと思いながら…。
ちなみに隆史は自分の力で成り上がり、大金を手にした。だからハイブランドだとか、予約困難な高級店が大好きなのだ。
私からすると、そんなミーハーなところも愛おしいと思う。
それに自由人の彼が“事実婚”をしたこと自体、とんでもなく大きなことだったのかもしれない。
「ねえ、隆史。事実婚とはいえ、なんで私を選んだの?」
渋谷区にある紹介制の割烹『末冨』で、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
隆史の周りには、顔が可愛くてスタイル抜群な女の子なんてたくさんいる。私より美人な子も、売れているモデルの子も。
一方で、一介のしがないモデルでしかなかった私。左右の二重幅も違うし、コンプレックスだって多かった。でも隆史は、私を選んでくれたのだ。
それが今の私には、大きな自信となっている。
「なんでって言われても…。う~ん、好きだから?葵のこと好きなんだよね。人間としても最高だし。ちなみに葵は、事実婚の何が嫌なの?」
「何がって…」
法的に弱いから?それも大きいけれど、私が一番不安だったのは“他人と違うから”なのかもしれない。
「他の人と違うのが、怖かったのかも」
「そうなんだ。でもさ、周りを見れば“普通の結婚”をしてない人だって、たくさんいるんじゃない?国際結婚とか同性同士で、とかさ」
言われてみれば、たしかにそうだ。渋谷区はパートナーシップ制度があったり行政DXを推進していたりと、他の区よりオープンで進んでいる。
そもそも渋谷は、枠にとらわれない個性派の人々が集まってきて、形作られてきた街だと思う。
代官山のような落ち着いた場所から、おしゃれサラリーマンの聖地・恵比寿。そしてスクランブル交差点を中心とした文化の発祥地、渋谷・原宿エリア。
こじゃれた店が集まる神泉エリアに、センスのいい男女が集う代々木エリア…。
街1つ切り取ってもその顔はまったく異なるし、それぞれが独立していて奇をてらうことを恐れない。
― そんな場所で「他の人と違うのが怖い」なんて考えてた私って…。
1人考え込んでいたそのとき、隆史がこうつぶやいた。
「結婚や家族のあり方には、僕たちなりの考えがあるし。夫婦のカタチだって、人それぞれでいいんじゃない?」
「…うん。そうかもね」
「葵は、今幸せ?」
そんな私が今一番に求めているのは、隆史とずっと一緒にいられること…。
田舎出身の私をお姫様のように扱ってくれ、まさに東京ドリームを叶えられたのは彼のおかげだ。
隆史がいなかったら今の私はないし、こんなにも彩り豊かで華々しい日々とは無縁だったと思う。ただの売れないモデルで終わっていたかもしれない。
でも彼の隣にいると、私は再び夢を見れるし「自分は選ばれし特別な人間なんだ」と、勇気をもらえるのだ。
だから既成概念に囚われることなく、自分たちらしい関係を築いていけばいい。
「うん、幸せだよとっても」
「そっか。…それなら、よかった」
この街は、個性がないと死んでしまう。
そんな場所で生きる私たちだからこそ、事実婚という選択が最も合っているのかもしれないと、私は思った。
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