ヨガから帰ると、隆史がUber Eatsでサラダを頼んでいるところだった。
「葵も食べる?」
「うん、お願いします。ベーコンとかは抜いてね」
「わかってるよ〜」
隆史と出会ったのは、2年前。モデル仲間から誘われた食事会でのことだった。
ブランドロゴが小さく入ったTシャツを着ていた彼は、鍛えられた胸板と上腕二頭筋がハッキリ目立っていた。
最初は近寄りがたい雰囲気を醸し出していたけど、意外にも話し上手で、私をまっすぐ捉えた視線から好意を感じたのだ。
私の読みは間違っておらず、出会ってすぐに彼から熱狂的なアプローチを受けて交際に至った。
さらに付き合いだしてから半年で一緒に住み始め、1年前にここへ引っ越してきた。そのときに、私は隆史から2ctの婚約指輪を貰ったのである。
「これからも一緒にいてほしい」
もちろん、プロポーズだと信じて疑わなかった。けれどもこの直後、私は彼から衝撃的な話を聞かされることになる。
「とりあえず事実婚でいいよね」
「えっ…!?」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。たしかに最近は有名人でも事実婚を選択する人がいるし、私の友達にもいる。
海外の有名なセレブたちだって、半数くらいが事実婚だと聞く。
けれども「自分は幸せな結婚ができる」と信じてきたので、隆史の考えを受け入れるのには相当な時間がかかってしまった。
「じ、事実婚…」
「そう。これも一種の結婚のカタチでしょ?」
隆史には離婚歴があった。それは構わないのだけれど、斬新な提案はすんなり受け入れられるものではなかったのだ。
― 私、ちゃんと結婚できないの?当たり前に手に入れられるはずだった“普通の幸せ”はどこへいった…?
そんな思いをよそに、彼からすると事実婚以外の選択肢なんてないらしい。
「もう結婚は懲り懲りなんだよね。そこになんの意味もないし。ただの紙切れで繋がるよりも、今こうやって一緒にいて、ずっとパートナーでいられることのほうが大事じゃない?」
淡々と語る隆史に、私は言葉を失う。
彼の総資産は、いくらなのだろうか。会社の株だけじゃない。不動産やアート、海外投資なども入れるとその額は相当なものになる。
― 私に財産を奪われたくないから、そんなイジワルなことするの?
最初はそう思った。そして「事実婚とは一体なんなのだろう」と何度も考えたし、調べまくった。
「隆史は、なんで結婚したくないの?」
「僕は結婚しない主義だから。でもこんなにも、君を大切にしているでしょ?」
そう言われると何も言えなくなる。最初はかなり不服だったし、隆史と別れようかと真剣に考えた。
でも一緒に暮らし始めて半年が経った頃から、私の考えが変わり始めたのだ。
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