玉砕
― 彼女から連絡ないな…。
蔵前で誠子に出会った、あの夜。
はじめこそ誠子の遠慮のない物言いに、腹を立てていた隆之だったが、会話を重ねるうちに裏表のない彼女の人柄に惹かれていた。
そして、別れ際には彼女の連絡先を尋ねた。
翌日すぐに予約困難な店での鮨デートに誘った。だが、2日ほど返信がない。女性からの返信が気になるなんて、久しぶりのことだった。
諦めかけていたとき、隆之のLINEの通知音が鳴る。
― 誠子からだ!
『隆之さん。先日はご馳走さまでした。お鮨だったら、父の知り合いが浅草で経営してるお店でもいいですか?せっかくなら、地元でお金使ってあげたくて』
予約困難店には食いつかず、地元の大衆的な鮨店を指定してくる誠子に隆之は「本当に面白い女だ」と感心し、快諾した。
しかし……。
◆
その週末隆之は、グランド ハイアット 東京のバー『マデュロ』に、仕事仲間と訪れていた。
そのとき、ある女性が目に入った。
妖艶なドレス姿なので印象は違うが、どうやら誠子のようだ。しかも、隣にはダンディーな年上の紳士の姿が。
― まさか…。パパ活?愛人?こういう場所、好きじゃなさそうなふりしていたのに…。なんなんだよ。
動揺を隠すようにウイスキーを煽りながら、隆之は苦い記憶を思い出していた。
上京してきたばかりの頃に、付き合っていた彼女を、年上の金持ちに取られたことがある。その経験から「女性は、結局金になびく」と、達観してしまっていた。
だが、高級時計であるデイトナに興味を示さなかった誠子に出会ったことで、隆之はある期待を抱きはじめていた。
「誠子は金やステータスになびく、他の女とは違うのではないか?」と。
それなのに、誠子は謎の紳士との逢瀬を楽しんでいる。その様を見て「彼女もか…」と、隆之は失望を覚えていた。
◆
「大将、ビールください」
誠子との約束の日。
彼女は、浅草の鮨店で顔なじみの大将に挨拶し、ご満悦な様子だ。
『マデュロ』で見かけた誠子が気になっていた隆之は、思わず尋ねる。
「……誠子さん。週末に六本木のバーであなたを見かけました。デートだったんですか?」
隆之の問いかけに、虚を突かれた表情を一瞬見せた誠子だったが、すぐに笑いながら言った。
「たしかに私、デートしてたわ。でも、”父”とね。男手ひとつで育てくれた父とは、仲が良いの。あの日は親戚の結婚式があってドレスアップしていたので、せっかくだしお洒落なバーで一杯飲もうって話になって」
「えっ?あのダンディーな紳士がお父さん?」
隆之は飲んでいたビールを吹き出しそうになったが、かろうじてこらえた。
「ふー。誠子さんって面白い人ですね。何というか、期待を裏切ってくる」
天真爛漫に笑いながら、鮨をパクパクと食べる誠子。隆之は、そんな誠子に、どんどん惹かれている自分を感じていた。
― 飾らない性格の誠子にだったら、本当の自分を出せるような気がする。
◆
3ヶ月後。
晴天の中、隆之はピカピカになったデイトナを左手にはめて、東京、丸の内にあるロレックスサービスセンターを出た。
オーバーホールに出していた時計を、受け取りに来たのだ。
中身も外装も新品同様になったデイトナを見て、隆之は満足げな表情を浮かべる。
高級時計を持つことでステータスを感じていた隆之は、もういない。
ブランドよりも自らの感覚を大切にする誠子に出会ったことで、隆之は変化していた。
― この思い出の時計を一生大事にしていこう。
そして誠子にプロポーズをすべく、待ち合わせをしている蔵前のレストランへと隆之は向かった。
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この記事へのコメント
一話から穏やかなストーリーで気に入りました。