明人は、前社長の会長就任に伴い、2022年4月1日付で代表取締役社長の椅子に座ることになったばかり。
彼の会社は、地方支社も加えて社員数500人ほどの中堅企業だ。明人は28歳のときに前身の会社にアルバイトとして入社し、以来14年勤務して上り詰めた、いわばたたき上げの社長である。
明人は就職氷河期を経験し、フリーターだったこともある。底辺を知る苦労人としての彼の背景は、社内外から尊敬を集める理由の1つとなっている。
この日の宴も部下たちが設けてくれた場だったが、彼らが明人の希望を察して、知人の女性たちを呼んでくれていたのだ。
だが、2軒目へ移動するタイミングのお手洗いで、明人は久保から冷静な指摘を受けることになる。
「…明人さん、相変わらずなのはいいけど、トップなんだからさ、ちょっとは言動を見直さないと」
「え、どこかマズかった?」
「わからないか~。アウトな発言、目に余るぞ」
それだけ何でも言い合える仲ということなのだが、久保は時折こういう興ざめなことを平気で言う。明人はイマイチピンときていなかったが、面倒くささから一応受け入れたふりをした。
「了解しましたよ、気をつける」
「変わってほしいんだよ僕は。考え方もアップデートしないといつかボロが出るぞ」
腑に落ちないまま、生返事で賑わいの中心に戻る。
その後、明人は部下や女性と共に恵比寿の会員制ラウンジへ向かうことになった。
一方、久保は家族が待っているからと、足早に帰宅していったのだった。
◆
「もったいないよなー……」
帰りのタクシーの中、明人は宴の余韻に浸りながら、久保を哀れに思う。
明人と同期でアルバイト入社した久保は、まだ若手の頃に、幼なじみの女性・未来子と結婚した。
彼とは10年以上の付き合いになるため、未来子とも何度も会っているが、久保は完全に尻に敷かれている様子だ。そんな女性と結婚して、考え方がどこか保守的になってしまったのは言うまでもない。
― 早まったよな…。もう少し待てば女なんて選び放題だったのに。
しかしながら、収入が上がったとしても、近づいてくる女は金目当てばかりで、ろくな女がいないのが現実だ。明人も、別に結婚したくないわけではない。
ため息をつきながら何の気なしにスマホを見ると、懇意にしている起業家から1通のメッセージが届いているのに気づく。
「ん…なんだ、これ」
金目当ての女
次の日の朝。
明人は、芝浦のマンションの自室のベッドで大きなため息をついた。
「やっぱり…」
昨晩届いたメッセージは、自社の婚活アプリの利用を独身の経営者に依頼するものだった。リリースしたばかりで完全招待制だという。
付き合いもあるため、軽い気持ちで登録したのだが、寝て起きるとメッセージとLIKEが何十通も届いていたのだ。
名前と5,000万ほどの年収額、職業は経営者であるということしかプロフィールに記載していないにもかかわらず、だ。
明人は改めてうんざりする。所詮、女は年収とステータスでしか自分を見ていないのだと。
― まぁ、いつものことだ。
それが女の習性だと諦めている一方、自身が努力で手に入れたものを苦労せず侵食しようとする彼女らの魂胆が腹立たしくてたまらない。
「そうだ…」
明人は悪知恵が働いた。
<今から会えませんか?多忙で今日しか空いていません>
メッセージをくれた女性に明人は一斉返信をした。ちょうど、夕方まで予定は何もない。
愚かな女性たちの顔を、暇つぶしに見てみたいと思ったのだ。
…だが、今日の今日で他人のために予定を開けられる人間なんてそうそういない。
リスケの依頼は来たが無視をし、アプリを閉じようとする。だがその間際に、メッセージが届いた。
<大丈夫です!どこで何時がいいでしょうか?>
この記事へのコメント
マイ次回も出るなら思いっ切り掻き回してよ。