次の週末。
彩華はZoomの『東京カレンダー読者限定!イチから学ぶ上手なお金の貯め方・ふやし方セミナー』に参加。正直、目から鱗が落ちた。
女性が生きていくうえでいくら必要なのか、老後2,000万問題、話題のつみたてNISAやiDeCoなど…。
今まで気になっていたけれど「よくわからない」と目を背けていた話題ばかり。いつのまにか夢中になってメモを取り、セミナーが終わる頃には自ら質問までするほど真剣になっていた。
◆
「おう、どうだった?」
圭吾はきっと、彩華のことを気にしてくれていたのだろう。その夜、「軽く1杯」と誘ってくれた彼に、彩華は瞳を輝かせて答える。
「私、いままで見せかけだけの自分磨きを頑張ってたみたい。もう大人なんだもん。先のことをもっと考えなくちゃ、本当のいい女にはなれないよね」
圭吾の「お金について自分なりに考えて行動することは、自分の価値観を見直すキッカケにもなるんだ」という言葉が、正直これまでよくわからなかった。
でも今回のセミナーに参加して気づいたのだ。
将来にかかるお金を試算することは、自分が今後の人生で何をしたいかがわからないとできない。つまり嫌でも自分の価値観を見つめなおすことになるのだ。
彩華は27歳、今の会社ではそろそろ中堅の部類に入る。今後年収アップをしたいと考えると、転職などを検討してもいいのかもしれない。お金の勉強をするセミナーをきっかけに、そんな考えにまで及んだ。
新しいチャレンジへの手応えを感じながら圭吾の方を見た彩華は、その瞬間、思わず息を飲んだ。
「すげーな、彩華。急に大人になってるじゃん」
そう言って圭吾が、くしゃっとした笑顔を見せたのだ。
― わぁ…、圭吾ってこんなふうに笑うんだっけ。
いつも毒舌でぶっきらぼうな圭吾が、自分を認めてくれた。たまらなく嬉しくなった彩華は、あることを持ちかける。
「ねえ。自分で目標を立てて、行動することが大切って言ってたよね。私、もっとお金のことに詳しくなりたい。圭吾、私に投資のこと教えてくれないかな!?」
意気込みを語る彩華に、圭吾は再び笑顔を見せる。
「おう、いいぜ。じゃあ定期的に勉強会するか、今度の土曜日は?」
「やった、よろしく!」
2人はしばらく視線を合わせると、どちらからともなくグラスを持ち上げて、彩華のチャレンジに乾杯をするのだった。
◆
数週間後の土曜日。
土曜日は圭吾との“勉強会”が続いていたけれど、この日、彩華の前に座っているのは圭吾ではなかった。
「彩華ちゃん。そろそろラストオーダーだけど、大丈夫そうかな?」
「え…あっ、はい、大丈夫です!」
西麻布の会員制レストランで彩華をエスコートするのは、他でもない、あの明さんだ。
いつものように何気ないLINEのやりとりをする中で、セミナーをきっかけに資産形成について勉強していることを話してみた。すると明さんも興味があったのか、これまでにないほど会話が盛り上がり、念願の2回目のデートに誘われたのだった。
「今日じっくり話して気づいたけど、彩華ちゃんって自分の目標がしっかりあって素敵だね。ねえ、他にも美味しいお店知ってるんだけど、また一緒にどうかな?」
店を出た明さんが、彩華に微笑みかける。
「ええっ、嬉しいです!」
でも次の瞬間、彩華は思わずハッとしてしまった。
明さんに誘われて嬉しいと思ったけれど、それは「明さんに振り向いてもらう」という目標が叶ったからではない。彩華の頭にまず浮かんだのは、圭吾の顔だったのだ。
「次の土曜日は、明さんとデートだから会えない」
先週そう伝えた時の圭吾の表情が、デート中、ずっと頭から離れなかったのだ。「うまくいくといいな」と言って励ましてくれたがその顔が、なんだか元気がなかったように見えた。
「じゃあ、来週の土曜日はどう?青山にいい寿司屋があって…」
目の前では、明さんがそう言いながらスケジュールを確認している。けれど彩華の頭の中には、いつか圭吾が言った言葉がリフレインしていた。
『自分で目標を立てて、それに向かって行動することが大切だろ…』
― わかった。私が、本当にしたいこと。