<圭吾:お前さ、本当に明さんに相手にされると思ってるの?お前と明さんじゃ不釣り合い。傷つく前にやめとけって>
一方、容赦ないLINEを送ってきたのは、男友達の圭吾だ。
圭吾は大学時代にインターンをしたときの同期で、はやりの韓流スターのような塩顔イケメン。
面白くてイイ奴だから男女問わず人気はあるけれど、口が悪くて遠慮がないため、お互い27歳になった今も男女を意識しない悪友関係が続いている。
そして、明さんと出会いやり取りしていくなかで、たまたま圭吾と同じ会社だったと判明したのだ。だから「明さんって知ってる?どうしたら2回目のデートに誘ってもらえるかな」と恋愛相談を持ちかけて以来、ずっとこの調子で悪態をつかれている。
― ハァ…。ほんと、圭吾になんて相談するんじゃなかった!
あまりの言いように腹が立った彩華は、気がつけば圭吾に電話をかけていた。
「もしもし?」
「圭吾、ちょっと言い過ぎじゃない?私、明さんに釣り合う女性になろうとして自分磨き頑張ってるの。絶対に、明さんを振り向かせてみせるんだからね…!」
彩華が勢いよくまくし立てると、電話の向こうの圭吾から返ってきたのは、意外な言葉だったのだ。
「…お前、今どこにいるの?」
◆
電話から15分後。
渋谷の自宅で同じくリモート勤務中だったという圭吾は、すぐに彩華のいるカフェにやってきた。
「お前、最近お気に入りのカフェでリモートしてるって言ってたけど…。まさか、この高級カフェに毎日いるの?」
「え?そうだけど?」
キョトンとしながら答える彩華に呆れたようにため息をつくと、圭吾は向かいの席に腰を下ろす。
「明さんを落とすために、自分磨きねぇ…。で、具体的にはどんなことしてるの?」
圭吾からの質問に、彩華は待ってましたと言わんばかりに自信満々で答えた。
「そりゃもちろん、まずは美容だよ。エステとか、ヘアサロンとか…。最近だと美容皮膚科も通ってるし。あとは、ネイルもメイクもファッションも手を抜いてないよ♡」
意気揚々と答える彩華とは裏腹に、圭吾は白けた様子で目をつぶった。
「彩華さ…本当にわかってる?明さんほどのハイスペだぞ。見た目が完璧な女性なんて見飽きてる。彩華はそれ以外の部分で勝負しなきゃダメだろ」
ムッとして言い返す彩華と、たしなめる圭吾の攻防戦はしばらく続く。
「見た目だけじゃなくて、仕事も頑張ってるもん!お給料だって、平均より多いほうだよ!」
「で?そのうちいくら、その“自分磨き”とやらに使ってる?もう社会人も5年目になるけど、貯金はいくらあるんだよ?」
「貯金は…100万もないくらいだけど…。でも、これは投資だってば!自分磨きしてキラキラした生活をしてると、仕事も恋も頑張れるし!」
「彩華。自分磨きって、見た目に投資することだけじゃないだろ。明らかに金銭感覚バグってる女性が、あの何もかもがハイスペな明さんに選ばれると思う?」
「そ、それは…」
「SNSとか雑誌で話題のモノを買うだけの自分磨きなんて、本当に自分にとって必要なことなのか?
彩華はさ、自分で目標を立ててそれに向かって行動する、みたいな自分磨きはしないわけ?」
圭吾の言う通りだった。
“女子として、広告代理店の営業として、自分磨きだけは欠かせない”。
そんな名目で欲望のままに美容やファッションにお金をつぎ込んでいるものの、外見以外の自己投資なんてしてこなかった。
― 確かに…。どれだけ見た目を磨いても、流行に乗っても、私自身の目標なんて全然思いつかない。これじゃ、自分自身が輝いてるなんて言えないのかも…。
カツカツの財布事情で、自分磨きをすることへの違和感。本当は自分でもわかっていたのに、のらりくらりと目を背け続けてきたのだ。
「……」
すっかり自己嫌悪に陥り、黙り込むことしかできない彩華を見つめながら、圭吾はやれやれといった様子で肩をすくめる。
そして少しの沈黙のあと、ぶっきらぼうな調子で言うのだった。
「まったく、本当にしょうがないな…。今度の週末空いてる?本当の“自分磨き”、教えてやるから空けとけよ」
「え…?本当の自分磨き…?」
圭吾がLINEで送ってきたのは、『イチから学ぶ上手なお金の貯め方・ふやし方セミナー』だった。
「お金について自分なりに考えて行動することは、自分の価値観を見直すキッカケになるからな。心して参加しろよ」
圭吾の言葉にすぐにはピンとこなかったが、自分を変えたかった彩華は、圭吾に言われたとおり『イチから学ぶ上手なお金の貯め方・ふやし方セミナー』に申し込んだ。
すると彩華は今までぼんやりとしか考えていなかった、ある大切なコトに気づくのだった。