甘い墜落 Vol.1

甘い墜落:婚約者との結婚に迷う29歳バリキャリ女。彼女の傲慢な考えが、数々の“悲劇”を招いてしまう

誠司は気さくな人で、取材は和やかに進んだ。

経済誌のときと違い、難しい単語に頬を引きつらせることも「キミはわかってないよ」となじられることもない、平和な取材だった。

「取材は以上です。原稿ができたら、お持ちしますね」

「うん。今後はぜひお客さんとしても店に来てください。サービスしますよ」

誠司の笑顔を背に、ドアを閉める。

― 素敵なお店だった。今度、大ちゃんを連れてこようかな。


神泉の自宅マンションに帰ると、時計はまだ午後5時を指していた。異動前の部署では考えられない帰宅時間だ。

美津はとりあえず洗濯機を回し、夕食を作り始める。ロールキャベツに味が染みてきた頃、大介が帰ってきた。

「ただいまー。…うわ、ただいまって言ったのいつぶりだろう。いつも帰ったら1人だったから。美津が異動になってよかった」

幸せそうな彼をよそに、美津は心の中でつぶやいた。

― 全然、よくないから。

噂によると、業績難で異動になったはずの美津のポジションには、来月から若手の男性社員がくるらしい。やはり「結婚間近の女であるから」異動させられたのだろうか―。

「婦人雑誌の仕事はどう?」

「今日は、バーの店主に取材してきたわ。下調べも簡単だし、経済誌とはまるで違う」

ロールキャベツを盛ったお皿を、大介の前に置く。

「楽になってよかったな。この感じなら式の準備も進められそうだし。結婚のきっかけが、天から降ってきたみたいだ」

美津は、真顔になった。

彼が「よかった」と連呼すればするほど、美津は自分の中にある悔しさを自覚する。

美津は一橋大学を出て、大手出版社に入社。寝食を忘れ仕事に励み、能力の高さから同期の中では一番の出世頭だった。

だから、経済誌記者として大学教授や研究者、活動家たちへ取材をする日々は、自分の能力に見合っていたと思う。

― この私が婦人雑誌の担当?宝の持ち腐れじゃないの?

「私、人事に異議があるって言おうかしら」

「え?」

「いや。独立もありね。今のキャリアなら、フリーでもやっていける」

「…美津?やっと落ち着いたんだから、しばらくは今の部署で穏やかに暮らさないか?

これから結婚式もあるし、僕はなるべく早く子どもを授かりたいなって思ってるよ。

不自由はさせないし。もちろん、ちゃんとプロポーズはするけど」

大介がそう言ったとき、美津はハッとした。

― 大ちゃんに仕事を支えてもらうイメージはあるのに、大ちゃんの妻として家庭に入るイメージが、まったく湧かない…。

経済記者としてのキャリアありきで、大介を選んでいた。キャリアの先行きが見えなくなった今、大介との結婚が急に物足りないものに思える。

ロールキャベツからたちのぼる湯気のように、美津の心に、もやがかかった。

― え、本当にこの人と一緒になっていいのかな?私には、もっと最適な相手がいるんじゃないかな…。

美津は食事の手を止める。できたての温かいロールキャベツは、いつの間にか冷めきっていたのだった。


▶他にも:交際は最長3ヶ月。破局ばかりの短命女子が、運命の人とZoomで初対面!?

▶Next:11月26日 金曜更新予定
膨らむ大介への違和感に、美津はある行動に出てしまう。

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この記事へのコメント

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No Name
大ちゃんに悪気はないと思う…激務を心配してくれてたんだよね🥺
2021/11/19 05:3299+返信3件
No Name
こういう考え方の違いは埋まらない
結婚のために女性が仕事をセーブするのが当たり前だと思っている男と、自分らしく生きていきたい女
結婚前に気づいてよかったな~と思いました。
2021/11/19 05:2699+
No Name
傲慢な考えと書いてあるが、なぜ傲慢?
男性だったら傲慢とか言われなそうでモヤモヤ
2021/11/19 05:2766返信5件
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