― あぁ、行っちゃった…。
もう少し話したかったなという想いを胸に押し込み、気持ちを切り替えて家路を急いだ。
甘党の私が、辛口のシャンパンを購入したのにはワケがある。なぜなら今日は、自分のために “あること”を計画していたから。
それは大好きな栗スイーツを、お酒とともに思い切り堪能すること。
『ジャン=ポール・エヴァン』のマロンコンフィと『足立音衛門』の栗のテリーヌ「天」、それから『小布施堂』の栗アイスをネットで注文している。
さらに今日は『東京會舘』のプレミアムマロンシャンテリーを、昼休みのタイミングで買いに行った。それを会社の冷蔵庫に保管し、大事に持ち帰ってきたのだ。
お気に入りの器の上にスイーツを載せ、テーブルに並べていく。
「大好きな旬のスイーツを思う存分味わうって、なんて贅沢なんだろう…」
つい言葉にしてしまうくらい、私は静かに興奮していた。
冷えたシャンパンをグラスに注ぎ、まずはマロンシャンテリーをパクリ。美しい生クリームと茨城県産和栗が絶妙にマッチし、贅沢な味わいに思わず目を閉じる。
シャンパンのきりっとした味わいと華やかな香りは、どんなケーキとも相性がいいと思っているのだが、モンブランの濃厚な甘味や渋みともかなり合うことが判明した。
マロンコンフィは柔らかくなめらかな舌触りで、幸せな気持ちに包まれる。栗のテリーヌはしっとりとしたパウンドケーキに大粒の栗がたっぷりで、想像を超える美味しさだ。
― あぁ、幸せ…。
私はシャンパンをつぎ足しながら、自分なりの贅沢な時間を楽しんだ。
幸福すぎるテーブルの光景に、思わずスマホで撮影する。でもSNSにアップしたりはしない。ただ、自分のために記録しておきたいのだ。
「はぁ、美味しかった」
保存がきくアイスは明日食べることにし、私の“贅沢時間”は大満足のまま幕を閉じた。
そして私は、今日からしばらくSNSを見ないことにした。
東京には、亜沙美のようにキラキラした生活を追い求め、奮闘している女性がたくさんいる。
何事にも臆せずに行動すれば、欲しいものが手に入る確率は上がるだろうし、貪欲な人はさらに高みを目指すだろう。
そんな女性に憧れて、私も上り詰めようと頑張ってみたけれど。人の目を気にしすぎて疲れてしまった。…今はもう少し、自分を癒すことを優先したい。
東京では、私みたいな人は「かわいそうだ」と思われてしまうのだろうか。
「普通であることは価値がない」という無言の重圧に耐えきれず、涙することもある。でも、私は気づいた。
今日みたいに自分なりの方法で自らを幸せにすることができるのなら、私の人生は満たされる。
― これからは、私なりに普通に幸せに生きていこう。
自分の価値基準で生きていくことが、今まではどうしてこんなに難しかったのだろう。
「…あ、そうだ!」
私はふと思いつき、さっき会った雄志に栗だらけのテーブルの写真を送ってみた。普段ならこんなことはしないのだが、せっかくの再会を無駄にしたくないと思ったのだ。
すると彼からもすぐ返信があり、素直に嬉しくなった。
雄志:なんだ!1人だったんなら、誘えばよかったな。
たった一文だけだが、なぜか胸が熱くなる。なんて返そうか考えていると、さらにLINEが届いた。
雄志:朋美さん、栗好きなの?目の前で絞ってくれるモンブラン食べたことある?
朋美:まだないよ。でもずっと行ってみたいと思ってた!
私もすぐに、返信する。
雄志:実は、僕も大のモンブラン好き(笑) じゃあ、来週末あたり行っちゃう?
2ヶ月前はうまくいかなかった2人だが、今回はうまくいくかもしれない。
なんとなく、そんな気がする。
そうなることを祈り、私は雄志へのメッセージを打ち込み始めた。
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この記事へのコメント
それに食べ物やワインなどの描写を、とても丁寧に書いているのが伝わってきました。
渡辺さんといい感じになるのといいです。朋美は、自分みたいな人を世間はかわいそうと思うのかなと言っていたけど全然そんな事ない!1人の時間を楽しめる大人の女性はとても素敵です。
あと目の前で絞ってくれるモンブラン!!この前インスタで見て美味しそうだった。
今週はマンプスやジム依存、内部生元カノ、熱帯魚を網で救わせる夫等....キャラが濃くてイライラする登場人物多かっただけに、この連載は平和だしホッとするので来週も楽しみ!
1つ楽しみな連載ができました!