亜沙美からの「了解!」のスタンプに既読をつけた瞬間、あるアプリのポップアップ通知が目に飛び込んできた。
『メッセージが届いています』
それは2年前に彼氏と別れたタイミングで始めてみたものの、いまだ良い人には出会えていないマッチングアプリからだった。
使い始めは1日に何度もログインしていたのに、今では“いいね”されてもメッセージをもらっても、ドキドキ感は皆無だ。
― 最後にアプリを開いたのって、いつだっけ?
慣れてしまったのか、それともこれが俗に言う“婚活疲れ”なのだろうか。
私はメッセージを見ることもなく、ぬるくなったワインに氷を入れると、夕食作りに取り掛かった。
◆
「お先に失礼します〜!」
週に一度の出勤日だった、ある平日の夕方。私は定時で退社し、駅を目指す。
上京して12年。長いこと住んでいた高田馬場から心機一転、東麻布へ引っ越したのは去年の春のことだ。
赤羽橋駅で電車から降りると、シャンパンを調達するために、家とは逆方向のデリカテッセンへ向かう。
「泡もいいですけど、このニュージーランドのピノも美味しいですよ」
お酒を選んでいると、後ろから男性の声がする。
「そうなんですね」
店員さんが話しかけてくるなんて珍しい、と思い顔を上げると、そこには見覚えのある顔があった。
「あっ、えっと…」
間違いない。彼は夏にマッチングアプリで出会った年下の男性だ。
1回目は六本木でお茶をして、2回目は西麻布で焼肉を食べたことはちゃんと覚えている。
楽しくなかったわけではないが、次の約束をすることもなく…。恋仲には発展しなかった。そんな彼の名前だけが、ちっとも思い出せない。
「渡辺です。渡辺雄志」
「ごめんなさい!名前ど忘れしちゃってた」
私は慌てて謝り、彼をまじまじと見つめた。2ヶ月前に会ったときは、普段着に前髪もおろしていたから、スーツ姿で前髪を上げているとずいぶん印象が違う。
「全然!まあ、2回しか会ってないですもんね。僕は朋美さんのこと、ちゃんと覚えてましたけど」
雄志は笑いながら、パッケージの可愛いクラフトビールを手に取った。
カゴの中には、すでにお菓子やおつまみが入れられていたが、量からして1人分のようだ。…まだ彼女ができていないということなのだろうか。
― って…。あれ?
なぜか勝手に彼女がいないことにして、ホッとしている自分に気づく。
「先月末、十番に引っ越してきたんです。確かご近所でしたよね?またどこかで会えたら、よろしくお願いしますね」
雄志は笑顔でそう言うと、会計を済ませ、新一の橋交差点の方へと歩いて行った。
この記事へのコメント
それに食べ物やワインなどの描写を、とても丁寧に書いているのが伝わってきました。
渡辺さんといい感じになるのといいです。朋美は、自分みたいな人を世間はかわいそうと思うのかなと言っていたけど全然そんな事ない!1人の時間を楽しめる大人の女性はとても素敵です。
あと目の前で絞ってくれるモンブラン!!この前インスタで見て美味しそうだった。
今週はマンプスやジム依存、内部生元カノ、熱帯魚を網で救わせる夫等....キャラが濃くてイライラする登場人物多かっただけに、この連載は平和だしホッとするので来週も楽しみ!
1つ楽しみな連載ができました!