SPECIAL TALK Vol.82

~ハンドボール文化を日本にも。プレーヤーとしての挑戦は試合だけじゃない~

土井:部活の厳しい上下関係は初めての体験だったので、正直戸惑いました。でも中学で週3回しかできなかった練習が、高校では毎日できる。それが本当にうれしかったですね。インターハイでは優勝できませんでしたが、3位という成績を残すことができました。

金丸:大学も推薦で?

土井:はい。早稲田大学か日本体育大学か、という贅沢な選択でした。先生からは「どう考えても早稲田だろ」と言われましたが、当時は日体大が最強。高校と同じで、最強のチームにと日体大に進学しました。

金丸:その頃、将来の進路はどのように考えていましたか?

土井:小学生のとき、ハンドボールがオリンピック種目だと聞いた瞬間から、ハンドボール選手としてやっていくつもりでした。

金丸:えっ、そんなに早い時期から考えていたんですか!?たしかに魅力的なスポーツだけど、知名度は低いし、ハンドボールで食べていこうと考えるなんて信じられません。

土井:僕の恩師はハンドボール協会で働いていた方で、僕は小学校4年から6年まで、毎年プレーオフの決勝に連れていってもらっていました。当時、本田技研のチームが毎年のように優勝していて、そこにステファン・ストックランというトップクラスの選手がいたんです。

金丸:元フランス代表選手ですね。

土井:そうです。少しだけフランス語ができたので、毎年、彼と話す機会があり。そのときプレゼントしてくれたユニフォームは、いまも大事に持っています。

金丸:ストックラン選手と知り合えたのは、大きいですね。フランスではハンドボール選手はスターのような扱いですから。

土井:そうなんです。日本とは全然違うフランスの環境を聞いて、夢が膨らみました。ストックランとはいまだに連絡を取り合う仲です。

金丸:出会いに恵まれていますね。それに、きょうだいがハンドボールを始めなければ、あるいはサッカーとハンドボールの練習が同じ時間帯だったら、土井さんはまったく違う道に進んでいたかもしれない。いろいろな幸運を引き寄せているように感じます。

土井:ティエリー・オメイエールというフランスの名ゴールキーパーは「世界のトップになるには、実力だけじゃなくて、賢さと、さらに運も備わっていなければいけない」と言っています。

金丸:ビジネスの世界も同じです。私の持論は「運と縁」です。運だけ、縁だけでは足りなくて、その掛け算によって大きなチャンスが生まれる。そして、そのどちらも自分が行動を起こさない限り、向こうからやってくることはありません。

膝の故障で夢を諦めるも、留学先で奇跡の復活

土井:日体大での4年間、ひたすらハンドボールに打ち込んで、2年生と4年生のときには優勝も経験しました。しかし、練習のしすぎで膝を壊してしまって。

金丸:たしか、一度引退されたんですよね。

土井:膝の名医に見てもらったところ「軟骨を損傷している。ずっと爆弾を抱えたままになる」と言われ。実業団からの誘いもあったのですが、中途半端に続けるくらいなら、すっぱり辞めたほうが、つらくないだろうと思ったんです。

金丸:難しい決断だったでしょう。それで、大学卒業後はどうされたのですか?

土井:これまでハンドボールのことしか頭になかったので、引退した自分には何もないことに気づきました。そんな状態で就職活動しても、満足できる結果にはならない。まずは自分のアピールポイントを作ろうと、ちょっとだけ話せるフランス語を鍛えるため留学しました。

金丸:フランスのどちらに?

土井:シャンベリーという町です。ストックランの出身地であり、シャンベリーをホームにしている「シャンベリー・サヴォワ・ハンドボール(CSH)」というチームがむちゃくちゃ強かったんです。平日はフランス語を勉強して、週末はオリンピックのゴールドメダリストだらけのチームの試合を見られたらいいなと。

金丸:プレーはできなくとも、ハンドボール愛は変わらず。でも何がきっかけで、選手に復帰したのですか?

土井:ある天気のいい日に外を走ってみたら、「あれ?」と。いまだになぜかはわかりませんが、膝の痛みが消えていたんです。軟骨は一回変形してしまうと、元には戻りません。だからこそ諦めていたのですが。

金丸:奇跡じゃないですか。膝の爆弾が消えたとなれば、ハンドボールをまたやりたくなりますよね。

土井:もちろんです(笑)。地元のクラブに「どこでもいいから練習したい」と相談したところ、プロチームのひとつ下、若手育成チームを紹介されました。そこで、めちゃくちゃ活躍しまして(笑)。

金丸:まさに奇跡の復活ですね。そこから、夢だったプロ選手に挑戦しようと?

土井:いや、もうハンドボールができるだけでうれしくて、趣味程度でいいから続けられたら、それでいいという気持ちでした。もともとフランスで1年過ごしたあとは、英語圏でさらに1年勉強する計画を立てていました。その予定を変えるつもりはなかったんですが、突然、CSHから「プロ契約しないか」と驚きの電話が。

金丸:勉強のためのフランス留学が、まさかトップチームからのオファーにつながるとは。

土井:次の日には、トップ選手たちと並んで靴紐を結んでいました。

金丸:ストックランとの縁で、シャンベリーを留学先に選んでよかったですね。

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