「おはよう~」
出社して化粧室に行くと、同期がメイク直しをしていた。
私もそう、化粧室でメイクを直すのが毎朝の日課。社内恋愛だって、なしじゃない。いつどこで、誰に見られているかわからない。だから、ちゃんと綺麗にしておきたい。
きっと、この同期もそんなモチベーションなのだろう。
「あ、そうだ梨香子。今週の金曜日、暇?大手広告代理店の人と飲もうって話していてさ」
「空いてる、行く!」
「よかった、かわいい女の子呼んで欲しいって言われていたから助かるわ!あと、私の大学時代の女友達がもう1人くる予定!」
「おっけ~、楽しみにしてる!」
29歳。徐々に、女友達の未婚率が低くなってくる。しかしそれに反比例するように、こうして未婚の女友達同士の結束というものは強くなっていくように思う。
食事会や紹介など、お互いの手札を交換しあいながら、ときに傷をなめ合いながら、明確なゴールに向かって共に歩む戦友のような存在なのだ。
◆
金曜日。
その同期と共に指定されたバルに行くと、すでに3人の男性がそろっていた。
その場に足を踏み入れただけで、その会が当たりか否か瞬時にわかる。ルックスだけを見て判断しているわけではない。彼らから醸し出される余裕や空気感もチェックして、総合的に判断する。
その日は、完全に“当たり”だった。
整った顔立ちに、パリッとしたスーツの着こなし、私たちが入ってくる直前まで真剣に話していた仕事の話。
一線で活躍するビジネスマン特有の自信やエネルギーみたいなものが、彼らから発せられているような気がした。
「梨香子ちゃん、かわいいね~。よく言われるでしょ?」
乾杯するや否や、一番好みの男性がそんな言葉を投げかけてきた。もちろん、よく言われる言葉だけど、イイと思う男性からの発言となるとその重みは違う。
「いえ、そんなことないですよ~」
謙遜しながらも、自分を中心に回るその場の空気を楽しみはじめていると、遅れてもう1人の女性がやってきた。
「すみません、遅くなりました…」
その女性を見た途端、私は思わず目を見開いた。
「え、…絢?」
「梨香子!?偶然…!」
現れたのは、幼なじみの絢だった。
絢と私は茨城出身。小学校から高校まで一緒だった。最後に会ったのは、3、4年ほど前の同窓会だろうか。
ブラックスーツに身を包んだ彼女は、一言で形容するならば“地味”。特段賢くもなければ美人でもない。昔から、すべてが平均といった感じの普通の子だった。
ツイードのワンピースに上品に身を包んだ私と並べば、その地味さはさらに際立つ。ずっとクイーン・ビー的な存在だった私とは、いわゆる所属するカーストが違う。
けれど、なぜだか気が合って、絢とは仲良くしていた。それを周りにはあまり知られたくない、みたいなところはあったけれど…。
目の前にいる絢は、当時と比べればそれなりにあか抜け、洗練された雰囲気を纏っているような気もする。けれど、昔の面影を残したまま。
「絢です、遅れてすみません。よろしくお願いいたします」
律儀に挨拶する彼女を見て思った。
私の引き立て役であることに、間違いはないと。
しかし、おかしい。
気づくと、会話の中心は絢になっているような気もする。
「絢ちゃんは、どんな仕事してるの?」
「絢ちゃんって、どこに住んでいるの?」
いや、彼らにとってこれだけ地味な女の子は珍しいから、興味本位で色々質問しているのだろうか…。
そんなことを悶々と考えながら、グラスに残っていたワインを飲み干すと、絢がこっそり私に話しかけてきた。
「梨香子はモテるから、てっきりもう結婚しているかと思っていたよ」
「ううん、私もまだ独身だよ~」
「じゃあ、今度飲み会誘ってもいい?」
「うん、ぜひ!」
絢が主宰する飲み会。正直全く期待はできないだろうが、どんな人を呼ぶか興味はある。
「…梨香子」
「ん?」
「…変わらないね」
「そう?ありがとう」
これが褒め言葉だと思っていたこの時の私は、随分愚かだった。
だってこの後、私は…。
この女に、どん底に突き落とされることになるのだから。
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久々に再会した絢。徐々にその本性が露わに…。
この記事へのコメント
慶應
総合商社
絢さん、なかなか言いますねえ。
自分では世界で一番美しいとお思いのようだけど。
で、あまりにも女王様と言うか、他の人を見下し過ぎてる感も。そりゃキャバ嬢顔負けって位ド派手な人より、絢みたいにシックな服装で丁寧な言葉遣いの女性の方が選ばれるよね。