―木曜日―
「さすがに、これはイマイチ」
美加は出社してすぐ、沙希にピシャリと言われた。新しくリリースするアプリのデザインへのダメ出しだ。
引っ越しパーティーに呼んでくれるほど仲良くしている沙希だが、仕事ではプロらしく厳しい一面を覗かせる。
「すみません。すぐに直します」と言ったものの、美加は修正案が浮かばない。
代わりに浮かんだのは海斗の顔。
LINEしてみると「執筆が一段落してるから」と言って、電話で相談に乗ってくれた。
「素人意見で申し訳ないけど…」
海斗はそう前置きして、アドバイスをくれる。すべてが驚くほど的確だ。
美加には「仕事の面で頼りになる男は最高」という持論もある。
― 完璧すぎる!むしろ短所を教えてほしいくらい…。
デザインの修正をすぐに終えると、沙希が率直に讃えてきた。
「直したバージョン、すごくいいじゃん!」
あのホームパーティーに参加していた脚本家のアドバイスに従った、とは言えなかった。言いたくなかった。いつかバレるだろう。でも、海斗と連絡を取り合っていることは、まだ秘密にしておきたい。
「さっき相談した件、うまくいきました!ありがとうございます!」
執筆の邪魔をしたくなくて、電話でなくLINEにボイスメッセージを吹き込む。
海斗からの返信はやっぱり早い。
『ボイスメッセージ!?初めてもらいました☺。こちらこそ、俺なんかに相談してくれて、ありがとう』
『お礼がしたいです。明日の夜、ゴハンをごちそうさせてください』
勇気を出してデートに誘う。海斗から返信がくるまで少し時間があった。
『おごらなくていいですよ☺。でも明日の夜、ぜひ会いたいです』
―金曜日―
テレワークは17時には終わった。
美加が住む目黒まで、海斗は車で迎えきてくれた。集合予定時間の18時きっかりに。
こういうご時世だから、レストランに行くよりもドライブはどうかと、海斗から提案してくれたのだ。
彼とゆっくり話せるなら、店の中だろうが車の中だろうが、関係ない。
ドライブの途中、白金プラチナ通りでサンドイッチを購入し、行く当てもないドライブデートが始まった。
ほどなくして日が沈むと、海斗の車は首都高へ乗った。
レインボーブリッジはもちろんのこと、そこから東京湾越しに眺める東京タワーを中心とした高層ビル群の夜景は、何度見ても美しい。
ただ、美加が窓に流れる景色に見惚れたのはそのときだけで、ほとんどの時間は海斗との会話に夢中だった。
気づけばサンドイッチを食べることも忘れるほどに。
ほとんどが他愛ない話だった。1週間後には覚えていないような…。それでも“とにかく楽しかった”という思い出だけは刻まれるような…。
「もう3時間も走ってますし、そろそろ帰りましょうか」
「えっ、もう3時間も経ったんですか…?」
海斗は、美加の自宅の近くまで送ると、出会った夜に見せてくれた“はにかんだ笑顔”で言った。
「本当は、俺の家でお酒でもとお誘いしたいところですけど…家に呼ぶのは、まだ早いと思うので、今日は爽やかにバイバイさせてください」
嫌味のない紳士的な下心の出し方。嫌いじゃない。
― ダメだ。好きだ。
前カレと別れて1年。
たしかに、そろそろ恋はしたいとは思っていた。だが、たった数日で1年以上忘れていた感情が鮮やかに蘇るとは、想像もしていなかった。
両親が大好きだったドラマの主題歌ではないが、本当に“それは突然”だ。
― また会いたい。すぐ会いたい。
美加は就寝前のボディケアをいつも以上に丹念にしたあと、すでに日付は変わっていたが勇気を出してLINEした。
『土日はやっぱり、お仕事ですか?』
水曜日にランチしたように「タイミングがあえば、あわよくば…」という思いがあった。
返事を待つ間、美加は心が落ち着かなかった。ベッドにも入らず、ソファを立ったり、座ったり…。
この感情がソワソワなのかワクワクなのかもわからない。ただひたすらに心臓の鼓動が速くなっている。
けれど、どれだけ待っても海斗から返信はなかった。
土日の2日間、いつ連絡が来てもいいように何度も何度もスマホを見た。それでも海斗からLINEが来ない。
既読さえつかない。
平日はあれだけ返信が早かった海斗だが、どういうわけか土日は音信不通になる男だった。
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▶Next:6月6日 日曜更新予定
やっと連絡が取れた海斗の弁明に、美加は心がかき乱されて。
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この記事へのコメント
テュリャテュリャテュリャテュリャラーラー♪
仕事に集中しないからデザインもダメ出しされちゃうんじゃんね😂