ヤドカリ女子 Vol.8

“野菜の洗い方が分からない”28歳女に、後輩男子がかけた衝撃の言葉とは

詫びる声が、自然と小さくなる。最後に料理をしたのは、母親にうどんを作ったとき。「こんなの食べられない」と拒まれてから、キッチンに立っていなかった。

「いや、野菜切るところから料理は始まってますから」

祥吾は首を横に振り、軽い調子で言った。

「というか、野菜を切るのが料理の工程で一番大変で手間のかかるところだと僕は思っています。それに…」

そう話す言葉が途切れたので手を止めて振り向くと、祥吾は少しはにかんだように笑った。

「新入社員研修のとき、綿谷さんは何にも分かっていない僕に、すごく優しく丁寧に教えてくれたじゃないですか。それを真似しているだけなんで、申し訳ないなんて思わないでください」

あんなは、強張っていた肩の力が抜けていくのを感じた。目頭が熱くなり、慌てて唇を噛んで堪える。

これまで色んな男から「美人」だとか「愛している」とか、承認欲求を満たす言葉をもらってきた。だが、自分が与えたものを行動で返してもらったのは初めてだった。

― これが“本当に肯定される”ってことなのかも。

「浅霧くんって、人たらしだよね」

冗談めかして言うと、祥吾は「そうですかね」といつも通り飄々と返した。



「で、できた…!」

味噌ときんぴらごぼうの、香ばしい匂い。かれこれ1時間近くかかったが、何とか形になった料理を前にすると感慨深い。

「米も炊けました。実食しましょう」
「え、浅霧くんも食べるの!?」
「当たり前じゃないですか。食べさせてくださいよー」

確かにここは彼の家で、今はちょうど夕食時だ。とはいえ祥吾の口に入るとなると不安でいっぱいになり、あんなは箸を握る彼の動きを緊張の面持ちで見つめる。


「…どう?」

きんぴらを咀嚼する祥吾におずおずと問うと、彼は大きく頷いた。

「めちゃくちゃおいしいです」
「よ、よかったー…」

あんなは手を合わせ、安堵に胸をなでおろした。こんなに嬉しかったことが、近年あっただろうか。頬を緩め、味噌汁を啜る。味噌と出汁がふわりと鼻......


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