女として見られたい
-どうしちゃったんだろう、私…。
部屋のソファでハーブティーを飲みながら、真希は昼の出来事を思い出していた。実はあの後、春子と話していても上の空だった。
正直、彼自体に惹かれているわけでは全くなかった。派手なルックスも、いかにも遊び人風の振る舞いも好きではない。
「あまりにもお綺麗で…」なんていう、何のひねりもない安っぽいセリフが心に響くはずもない。あんな言葉、百万回と言われてきたのだから。
昔なら、虫でも追い払うようにぞんざいに扱った男だろう。そんな男に、ドキドキしてしまった自分が不思議でならない。
人妻という安定した状態に慣れてしまって、刺激に弱くなったのだろうか。初めて抱く感情の正体を探っていた真希は、ハッと気付いた。
-私、女として扱われることに飢えているんだ。
「かわいいね」「きれいだよ」「愛してる」
恋人や新婚の時には毎日あった愛のささやきも、最近はほとんどなくなった。
欲望むき出しの不躾な視線を向けられることも、巧みな言葉でベッドに誘ってくることもない。考えてみれば、夫からベッドに誘ってきたのはいつが最後だろう。
夫が、女として扱ってくれないことへの虚しさや不満は真希自身感じていた。見てみぬふりをしてきたけれど。
「忙しい」で片付けられてしまっていたが、そろそろ限界だ。
-もう一度夫に、女として見て欲しい。
一度その欲求を認識してしまうと、簡単には抑えられなかった。
シャワーを浴びた真希は、ウッディーな香りのボディクリームを塗りこみ、タンスの奥底にしまっていた、凝ったデザインの下着を取り出した。
「ただいま」
21時。
ソファで本を読んでいると、玄関が開く音がした。
「今日はそんなに遅くならずに済んだよ。それにしても疲れたなあ」
翔一は、コートを脱ぎながら大きく伸びをする。だが彼は、すぐに視線を逸らした。いつもと違う雰囲気を感じ取ったらしい。
「今日は寒かったなあ。お風呂入って良い?疲れてるんだ」
逃げるように洗面台へと急ぐ彼を逃すまいと追う。
“疲れてるんだ”
最後にわざわざ言ったのは、彼が逃げようとしているサイン。そこだけ声のボリュームが大きくなったのを、真希は聞き逃さなかった。
-でもね、今日は逃がさない。
「ねえ、今晩…」
彼の耳元で、吐息交じりの甘ったるい声で話しかける。自分の中に潜む女が、徐々にエンジンをかけ出したその時。
翔一は、面倒そうに振り向いた。
「なに?子どもが欲しくなったの?」
▶他にも:“名門私立小”出身者が抱える闇。小学校受験を巡って繰り広げられる、ママ友同士の攻防戦
▶Next:1月26日 火曜掲載予定
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この記事へのコメント
春子は気分も害さず冗談にしてくれて、夕飯の準備の心配もしてくれて、そもそも裕福な夫と結婚した友達とも気兼ねなく会ってくれて、性格いいな。
昼顔じゃなくて?