美貌の妻の成功と誤算
「真希は、本当にモテるねえ。あんな格好良い人に声かけられるなんて。独身の私に一人や二人譲ってよぉ!」
彼が立ち去った後で、一部始終を目の当たりにしていた春子は嘆いた。なんで私じゃなくて真希なのよと、ぶうぶう文句を言っている。
「私もびっくりした…」
少しばかり荒くなった呼吸を整えようと、店員に頼んで水を持ってきてもらう。こういう時は、洒落た飲み物よりも水に限ると思った。冷たい水を一気にゴクリと飲み干す。
そんな真希の動揺をよそに、彼女は茶化すように続けた。
「真希なら、ドラマみたいな人生を送れそうだよね。裕福な夫と、若き青年との恋に揺れる人妻。ほら、少し前に流行ったドラマみたいな感じの」
「ちょっとやめてよ…」
だが、元来ミーハーで妄想好きの春子のおしゃべりは止まらない。
「私、あのドラマ、やっぱり理解出来ないんだよねえ。裕福な夫と結婚して何が不満なんだろう。セレブ妻の暇つぶしなのかなあ。
ねえねえ、裕福な夫を持つ立場の真希は、もしかして共感しちゃったりするの?」
「するわけないでしょ」
好奇の視線を向ける春子から、そっと逃げる。そんなバカなことと、突き放すように答えつつも、心の内は違っていた。
真希、31歳。品川区在住の専業主婦だ。
6歳年上の夫・翔一は、都内の大学病院で内科医をしている。医局の中でも出世コースに乗っている彼を捕まえられたのは、人生最大の成功だ。
真希は、彼が働く病院でもともと医療事務をしていたから内部事情も分かる。
職場で彼を狙う女たちを蹴散らして翔一を手に入れられたのは、何といってもこの美貌のおかげだろう。
小さな顔に、横幅の広い大きな瞳とつんとした鼻、ぽってりした唇が行儀よく配置されている。頬は少しぷっくりとしていて、ギスギスと痩せた印象を与えない。身長160cmのスリムな体形だが、程よい肉付きをしていて、Eカップの豊満なバスト。
スラリと長い美脚は小さい頃からの自慢で、ヒップも筋トレで鍛えてきたからツンと上を向いている。
よく男は、顔派、バスト派、ヒップ派、脚派の4つに分かれると聞く。真希の場合、どのタイプにも当てはまるから男に苦労したことはない。
夫の翔一は、私立の医大卒の裕福な家庭育ち。いずれは彼の実家の御殿山の一軒家を譲ってもらえるという特典付きだ。
保守的で少々口うるさい義母は厄介だが、「翔一さんが忙しくて…」と、体よく断っているから、たまに顔を合わせる程度で済んでいる。
経済的にも精神的にもゆとりのある、満たされた生活。のはずだった。
◆
店を出た真希は、表参道の街をぶらぶらと歩いていた。ロエベの新作などをチラリと覗く。
「夕食の準備とかあるでしょ。つい楽しくて。引き留めちゃってごめんね」
春子は申し訳なさそうに言ったが、急いで帰る理由は特にない。
翔一の帰りは夜遅くになるだろうし、夕食だって適当にひとりでとる。だからと言ってこれ以上彼女と一緒にいようとも思わなかった。
「じゃあ、また会おうね」
忙しい主婦の振りをして、そそくさと帰路につく。実はまだ、さっき放出されたホルモンが落ち着いてくれていなかったのだ。
この記事へのコメント
春子は気分も害さず冗談にしてくれて、夕飯の準備の心配もしてくれて、そもそも裕福な夫と結婚した友達とも気兼ねなく会ってくれて、性格いいな。
昼顔じゃなくて?