呆然としながら、いつもより一駅手前で電車を降りた。池尻大橋と三軒茶屋のちょうど中間くらいにある私の家。
―家賃13万5千円、30平米。
本当はもっと広い家に住みたいけれど、これが今の私の現実だ。
仕事はずっと頑張ってきたし、客観的に見てそう悪くない女だという自負がある。でもどうして私の心はこんなにも満たされていないのだろう。
好きになれる人が欲しい…。ただそれだけなのに、そんなちっぽけな願いさえ叶わぬ自分がほとほと嫌になった。
そして気づけば、三茶食堂のドアを開けていたのだった。
「ちょっと直人さん、聞いてくださいよ〜!今日はクリスマス。世間は幸せカップルで溢れているっていうのに、なんで私は今年も彼氏がいなくて、1人寂しくここにいるんだと思いますか?」
カウンター席で、1人で飲むビールは苦い。
「真帆ちゃん。世の中に、普通の男なんていないんだよ。そしてあなたが求める普通は、普通じゃないんだよ」
直人さんの一言が、私の心に、深く突き刺さった。
その翌週。
年末にも関わらず、無情にも凌との打ち合わせがあった。
打ち合わせに向かうタクシーの中で凌の彼女を調べてみると、モデル系のインスタグラマーなのか、まさかのフォロワーが100Kもいた。スタイルの良さを見せつけるかのような、可愛い写真ばかりが並んでいる。年齢は24~5歳だろうか。
「結局男は、こういう子が好きなのか…」
いくらキラキラ女子しか入れないと有名なうちの会社でも、しょせんはイチ会社員。月末は数字に追われて、ヒーヒー言いながらデスクにしがみついている。
チームで目標を達成した暁にはガンガン飲んで翌日は二日酔い。そんな体育会系な環境で過ごす中、ケアを怠ると如実に肌に現れるようになった。
必死の努力をすればするほど、女としての魅力は半減していく。半分モデルみたいな女に、敵うワケがない。
「はぁ…」
大きなため息をつくと、一緒に打ち合わせに向かっていた後輩の柴崎海人が、私のスマホ画面に映ったインスタをちらりと覗き込み、真顔で尋ねてきた。
「真帆さん、いまさらこういう感じ目指してるんすか?」
「は?」
「俺、こういう子苦手なんすよね」
ジャージー素材のパンツにパーカー。よくそんな服装で打ち合わせに来たな、と突っ込みたくもなるが、これが今のスタンダードでもある。
「全て造り物の感じがして。リアル感がなくないですか? 」
「リアル感か…逆に、柴崎の好きなタイプってどういう人なの?」
「必死に髪を振り乱してリアルに生きている真帆さんみたいな人かな。そっちの方がよっぽど素敵だなって思いますけどね。真帆さんは?」
私は、何も求めていない。ただただ結婚できる、この東京でちょっといい暮らしができる“普通”の人を探しているだけ。
「自分よりちょっと稼いでいて、優しくて、子どもも受験させて下から私立に通わせられる、イクメン男子?」
「そんな人、どこにいるんですか?いたとしても、もう売れていますよ(笑) 」
その言葉に、直人さんが言っていたことがようやく腑に落ちた気がした。
―真帆ちゃん。世の中に、普通の男なんていないんだよ。そしてあなたが求める普通は、普通じゃないんだよ。
普通の、まともな男。
そんなもの、そもそも存在しないのかもしれない。
だって誰から見ての普通なのかも分からないし、ただ単純に、自分のプライドやエゴを満たしてくれる相手を探してるだけではないのだろうか。”キラキラ女子”の自分を満たしてくれるような。
はたから見たら直人さんも柴崎も、イイ男だ。でも幾つものフィルターを勝手にかけて、どんどん視野が狭くなり、1人で“まともな男がいない”と叫んでいた。
そもそも、キラキラと輝ける魔法の粉なんてティンカーベル以外持っていない。今の年齢や状況を客観的に見つめて、自力で輝けばいい。
「ねぇ、柴崎。今夜何してる?三茶に飲みに行かない?」
「いいですよ。奢ってくださいね」
「しょうがないなぁ」
普通。それは自分が決めている無駄な基準。
でも不思議と、その日柴崎と一緒に飲んだビールは、なぜかほろ苦いけれど少し甘い味がした。
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この記事へのコメント
真帆と柴崎、プライベートでも近づくといいな😊
気付けて良かったけど、最後にティンカーベルとか言ってる時点でまだ夢見てる感じがしてちょっと心配になっちゃうわ笑