紗栄子が踏んでいた通り、須田はみるみるうちに出世し、部長となった。
社内的に権力を持った須田は、紗栄子の実力を正当に評価した上で人事に熱心に働きかけ、紗栄子自身も課長というポジションを手にしたのだ。
ー『男を転がす』…。最初は抵抗もあった。だけど、それを悪としなくなってから、全てがやりやすいの…。
須田との恋人関係だけではない。
紗栄子は、仕事関係の男性と接する機会を、全て大切なチャンスとして扱って来た。
どうしても話を通したい議題がある際には、完璧なメイクといい香りを万全に纏い、必ず対面で打ち合わせを設定する。
「あれ?髪切られました?かっこいい、似合ってます」
話の前に何かひとつ、相手のツボを見つけて誉め倒す。
男女平等が声高に叫ばれる令和の時代となっても、まだまだ旧時代の感覚に囚われている男は多い。
女であることを最大限に生かし、失礼の無い程度にちょっと首を傾げておどけてみせれば、大抵の話はうまく進むのだ…。
緊急事態宣言以降、週の半分以上が在宅勤務となった今は、対面で相手を転がす方法は難しくなってきた。しかし、常に変化に対応する柔軟さは、自らの魅力のひとつだと自分でも感じている。
ー前に比べると、須田部長との関係も、ほかの男たちの扱いも難しくなったわ。でも…やり方は同じ。
オンライン会議に接続した紗栄子は、必ずこう言うのだ。
「在宅が続くと皆さんに会えなくて寂しくて…カメラオンしちゃいますね」
在宅で会議が直接できないのなら、せめてオンライン会議で姿をみせる。ほかの参加者がカメラをオフにしていても、敢えて。
それも、会社にいる時と変わらない万全のメイクと服装と、アクセサリーも忘れずに。
言いづらいことも、カメラがあれば話が進みやすい。
いつだって美しく余裕のある姿を相手に見せることで、警戒心を解き、心の距離を近づけることが出来るのだ。
撮影から1週間後。
今日も紗栄子は、定例のオンライン会議で美しい装いをアピールする。
ふと、画面の端に「花山樹里」という無機質な文字が浮かび上がっているのが目に入った。
ー花山さんは、いつもカメラオフね…。撮影立会いの時にも言ったけど、彼女には伝えておこうかしら。
紗栄子は個別のチャットを立ち上げると、素早くメッセージを打ち込む。
『花山さん。可愛い顔は、隠してたらもったいないかも。余計なお世話かもしれないけれど、たくさん”得”をしちゃいなさいね』
画面越しに、「え?」という声がかすかに聞こえる。
『紗栄子さんの仰っていること、この前の撮影の時のことも、分かるような気がします。試してみます』
樹里からの返事には、もしかしたら疎ましさが滲んでいたかもしれない。
しかし紗栄子は、『試してみます』という一言を見て、ホッと胸をなでおろした。
ー私だって最初は抵抗があったわ。だけど、利用しない手は無いのよ。花山さん、頑張って。
樹里とのチャットを閉じた紗栄子は、パソコンのインカメラに向き直る。
オンライン会議で肌をきれいに見せるべく購入したLEDライトの位置を調整しながら、今日も職場をとりこにするべく、完璧なメイクを施した目を細めて優雅に細めて微笑んだ。
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この記事へのコメント
大切なことだけど、難しいよね
利用されているのか?
なんか利用されてると思うのは私だけか?
不憫なのは上司の奥さん