2020.07.20
必要ですか? Vol.1「お片づけのセオリーでは本当は、思い出の品には最後に手をつけるんです。他のものを片付けているうちに、要不要の感覚が研ぎ澄まされていくので。…でも、今回はそれには従わずに進めましょう。どうやら、服も小物も全部思い出が詰まっているようですしね。今、手に届く1つ1つを拾って判断していきましょう」
こうして2人の片付けは、3ヶ月間、毎週末に行われた。
美桜の暮らす1LDKの部屋は、週末ごとに見違えるように美しくなっていく。
物が失くなったわけではない。大切な物だけが手に取れる。目に見える場所にある。
「大好きな思い出だけを手元に残しましょう。いつでも目に触れられるところに」
そんな雅矢の言葉に導かれながら、捨てたい過去に別れを告げた。ガラクタと化した悲しい思い出があった場所には、代わりにこれまでしまいこんでいたお気に入りの写真や、旅先で出会った小さな小物をきれいに飾る。するとそこには、目に入るだけで心がうきうきとするような、小さなパワースポットが出来上がっているのだった。
最後のお片づけの日。別れのときが近づいていることを実感しながら、美桜は懸命に言葉を絞り出す。
「私、生まれ変わりました。浮気をするような婚約者と結婚しなくて正解だったって、今なら心から思える。それに、お片づけをきっかけに、自分のことを好きになれました。雅矢さん、本当にありがとうございました」
その言葉の通り、ここ最近の美桜は周囲から「綺麗になった」と驚かれることが多くなっていた。
「服もメイクもきれいにしよう」と心がけ始めたのは、部屋が綺麗になっていったことだけが理由ではない。
いつのまにか美桜は、自分の生活を変えてくれる雅矢に特別な親近感を抱きはじめていた。
雅矢と共に片付けをするこの時間が、暗がりのようだった毎日の中で、心をときめかせてくれるものになっていたのだ。
―今日を最後に、雅矢さんと会えなくなる…。
言葉につまってしまった美桜は、思わず俯く。そんな美桜に、雅矢は最後の挨拶をした。
「美桜さん。3ヶ月間よく頑張りましたね。婚約者の浮気は、本当にお辛かったことと思います。でも…負けずにこうして立ち直れた美桜さんなら大丈夫。きっと幸せになれますよ」
にっこりと美桜に向かって微笑んで見せる。だが、その雅矢の表情を見た美桜は、ふとある違和感を抱いた。
ーあれ…?雅矢さん、泣いてる?
そんな訳がない。目の前の雅矢は出会った頃のように、彫刻のように美しい笑顔を見せてくれている。
しかし、3ヶ月という時を共にし、雅矢に特別な感情を抱き始めていた美桜には、確かに伝わって来たのだ。…雅矢が心の奥底に、何かとてつもない悲しみを抱えていることを。
「あ…あの!!」
気がつけば美桜は、少し裏返った声で雅矢に声をかけていた。
「なんでしょう」
この気持ちを、うまく言葉にできない。感謝。ときめき。そして、雅矢の秘密を知りたいという好奇心。
そして、片付けによって新しい人生を手に入れた美桜は、お片づけのもたらす奇跡と、雅矢との出会いを、どうにか何かの形で残したいという焦りにも駆られていた。
混乱と興奮と戸惑いに背中を後押しされた美桜は、いつのまにか、自分でも想像もしていなかったことを口走っていた。
「雅矢さん。私を、弟子にしてください!!」
「…え?!」
雅矢は目を丸くし、そのまま黙り込んでしまう。
「私も、お片づけを通して、1人でも多くの人を幸せにしたいです。雅矢さん、魔法使いではないって最初おっしゃってましたけど…やっぱり魔法使いです!私、雅矢さんのおかげで、ぐちゃぐちゃだった部屋が…人生が輝きはじめたんです!私も、そんな魔法を使えるようになりたいです」
美桜は、頭を下げて、そう懇願する。
―私、何を言ってるの!?
心ではそう思いつつも、自分の気持ちを止めることができなかった。
「…美桜さん、わかりました。では、僕のアシスタントになってください」
「え!?」と、調子外れな声を上げたのは、美桜の方だ。絶対に断られる。熱い気持ちの一方ではそう確信していて、食い下がる心の準備もしていたのだ。
「ただし…」
雅矢は、そう言いながらいつもの柔和な笑顔ではなく…不敵でセクシーな笑みを浮かべる。
そして、息がかかりそうなほどの距離に、すっと近づいた。
▶他にも:「仕事場がない…」1LDKで夫婦在宅勤務の悲劇。妻が向かった先とは?
▶NEXT:7月27日 月曜更新予定
晴れてアシスタントデビュー?!雅矢の正体とは。
【必要ですか?】の記事一覧
2020.10.05
Vol.13
「謝りたいの」と懇願する、過去に自分を捨てた女。ムシのいい言葉に男がとった行動は
2020.10.04
Vol.12
不要な過去を捨てまくる!冷徹な男の手元に、最後に残ったものは…「必要ですか?」全話総集編
2020.09.28
Vol.11
元カノの痕跡まみれの同棲生活。キレた彼女の怒りを鎮める方法とは
2020.09.21
Vol.10
「僕のコレクションを、捨てようとするなんて」収集家の夫と潔癖の妻。衝突する夫婦の結末は
2020.09.14
Vol.9
「これが、略奪女の末路です」二番手にしかなれない女の、屈折した日々とは
2020.09.07
Vol.8
結婚願望ナシの男に「家庭を持ってもいいかも」と思わせた、未亡人の重すぎる言葉
2020.08.31
Vol.7
「俺なしじゃ生きていけないだろ?」弁護士の夫とのモラハラ生活から、妻が目を覚ました瞬間
2020.08.24
Vol.6
「夫の海外赴任中に、寂しすぎて…」豪邸に残された妻が取ってしまった予想外の奇行
2020.08.17
Vol.5
インスタは偽りばかり。家から出られなくなった元エリート証券ウーマンの苦しみとは
2020.08.10
Vol.4
収入を全て使ってしまう女医。ブランド品が散乱する部屋で、声を震わせた理由は
おすすめ記事
2019.10.08
わたし、9時に出社します。
わたし、9時に出社します。:「始業30分前に来るのが常識」発言に凍った、社会人1年目の女
- PR
2025.03.31
結婚1年目から、激務のせいでギスギス…。崩壊寸前のパワーカップルを救ったアイテムとは?
2015.12.19
花より高級車
花より高級車:「ベンツAMG SL65」オーナーが求める極上の女像とは
2024.02.07
春の風に吹かれて
春の風に吹かれて:大学卒業7年で差が歴然。29歳女が同級生に感じるコンプレックス
- PR
2025.03.31
えっ、あの“ミャクミャク”の部屋に泊まれる!?どっぷり万博に浸れる、いまだけのホテルステイとは…
- PR
2025.03.25
牛肉の本場・大阪で最高のステーキを! 極上の「アメリカンビーフ」を楽しめる珠玉の4軒
- PR
2025.03.26
春旅するなら万博でも話題の西日本へ!大人が満足する贅沢時間を過ごせるホテル4選
2018.06.14
ネブミ男
無駄に腕や足をクロスさせ、分かりやすい“いい女アピール”をするクネ・クネ子参上
- PR
2025.03.27
7種類ものフレーバーが楽しめる! この春、台湾生まれのフルーツビールが話題!
- PR
2025.03.28
ほろ酔い美女の正体とは!?17LIVEの人気ライバー4人を、港区のバーにお連れしてみたら…
東京カレンダーショッピング
ロングヒット記事
2025.03.19
運命なんて、今さら
初めて彼のマンションを訪れた28歳女。しかし、滞在10分で、突然「帰りたい」と思った理由
2025.03.22
男と女の答えあわせ【Q】
「豊洲に住んでいる」と33歳男が言った途端に、デート相手の女が戸惑ったワケ
2025.03.23
男と女の答えあわせ【A】
「年収800万くらいでもいいかな…」相手に求める条件を妥協したつもりの30歳女の大誤算
2025.03.17
1LDKの彼方
「何もないって言われたけど…」彼氏が他の女と連絡を取っていたことが発覚。30歳女は思わず…
2025.03.20
TOUGH COOKIES
「幸せそうな彼女がなぜ?」SNSで悪質コメントの犯人を突き止めたら、意外な人で…
この記事へのコメント