”思い出”はときに、”ガラクタ”に変わる。
ガラクタに満ちた部屋で、足を取られ、何度も何度もつまずいて、サヨナラを決意する。
捨てて、捨てて、まだ捨てて、ようやく手に入る幸せがある。
合言葉は、ひとつだけ。
「それ、あなたの明日に必要ですか?」
◆
徳重雅矢は、お片づけのプロ。カリスマ整理収納アドバイザーだ。
“お片づけコンシェルジュ”を名乗る雅矢は、まるで魔法のように依頼人の部屋を片づけ、過去との決別を促し、新たな未来へ導いていく。
今回の依頼人は…
―樋口美桜(29)公認会計士―
“婚約者を後輩に寝取られる”という最悪の事件により自暴自棄になり、散らかり放題の部屋での堕落した暮らしに。
彼女は、雅矢の“魔法”によって救われるのか!?
「何か、勘違いされているようですが」
そう言うと、雅矢はにっこりと微笑んだ。
「僕は、魔法は使えません」
「え?!」
美桜は驚きのあまり、すっとんきょうな声を上げてしまう。そして慌てて口をつぐんだ。
冷静になればなるほど、恥ずかしさがこみ上げてくる。
自分で依頼したとはいえ。徳重雅矢が百戦錬磨の整理収納アドバイザーだとはいえ。まるで彫刻のように美しい顔立ちの男性を、この情けないほどに散らかり放題の雑然とした自室に、招き入れているのだ。
まだ箱から出してもいないジャンヴィトロッシのパンプスに、中身が入ったままのヴァレクストラのバッグ。ジルサンダーのブラックワンピースはホコリを被り、ヘルノのダウンコートとロエベのカゴバッグが、無作為に過ごしたいくつかの季節をあざ笑うかのように一緒になって放置されている。
足の踏み場もない部屋の中で、美桜は思う。
−私、やっぱりどうかしてた…。まだ、まともじゃないんだ。
勇気を振り絞って依頼した”お片づけ”を、美桜が後悔しかけたその時。雅矢は矢継ぎ早に続けた。
「僕は魔法使いでもなければ、ハウスキーパーでもありません。お片づけをするのは、僕ではありません。美桜さん、あなた自身です」
雅矢の口調は柔らかく、笑顔は柔和で美しい。ただ、的確で厳しい指摘と、“美桜さん”と下の名前で呼ばれた照れ臭さが相まって、美桜は顔を真っ赤にし、しどろもどろに「あの、その…」と繰り返した。
「雅矢さん。私には、とても無理です。自分の力で、この部屋を片付けるなんて」
美桜がようやくそう声を絞り出すと、雅矢はしばらく美桜の顔をじっと見据え、こう言った。
「分かりました。あなたが自ら変わる決意をしない限り、僕が手を貸すことはできません。今回の依頼はキャンセルとさせていただきます。…では失礼いたます」
そう言いながら、雅矢はおもむろに立ち上がった。
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