—ありのままの自分を、好きな男に知られたくない。だってきっと、また引かれてしまうから…。
高杉えりか、25歳。テレビ局に新卒で入社し、花形部署で働いている…といった、表向きは華やかなキャリアを突き進む女。
しかしその実情は…。プライベートはほぼ皆無、男社会に揉まれ、明け方から深夜まで拘束される報道記者。しかも担当は、血なまぐさい事件ばかりだ。
だけど、恋愛も結婚もしたい。そんな普通の女の子としての人生も願う彼女は、幸せを手に入れられるのかー?
左、左、左。あ、イケメン。右、左、左……。
『バッテリーの残量が20%になりました』
暇つぶしがてら無心でスワイプを続けていたら、スマートフォンの画面が少し暗くなり、突然ポップアップが浮かび上がった。
左上の時刻は『00:26』。
溜息をついたえりかは、スマートフォンをパンツのポケットへ無造作に押し込んだ。仕立てのいい生地で作られたジャケットが、湿気を帯びたぬるい風にあおられてひらりと揺れる。
「見てくれるのがおっさんばっかじゃ、セリーヌも泣いてるよね…」
入社して初めてのボーナスで、奮発して買ったジャケット。買ったばかりの頃はそれはそれは丁寧に扱って、居酒屋に行っても周囲のタバコや焼き鳥の煙がつかないよう、店員に預けて眉をひそめられたものだった。
あれから3年。ハイヤーで寝るときには丸めて枕代わりにし、昼間は土ぼこりにまみれ、今は電柱にべったりともたれかかって汚れようが、お構いなし。
もう一度溜息をついたとき、暗がりから足音が聞こえてきた。
えりかは慌てて電柱から身を離し、背筋を伸ばす。風で乱れていた、肩より上で切りそろえた黒髪のショートボブを手で撫で付ける。
「なに、俺のところ来たってなにもないよ」
低く不愛想な声に、えりかはとってつけたような笑みを顔に張り付けた。
「またまた。そんなこと言わないでくださいよ、一課代理。今日も遅かったですね」
「勘違いされるだろ、若い女が家の前でジーっと待ってたら。迷惑なの」
待ちたくて待ってたんじゃないやい。
「渋谷のラブホで見つかった遺体の女性、交際相手がトんでるって聞きました」
「若い女がラブホとか言うんじゃないよ、50のおっさん相手にさ」
男が息を吐くと、汗とタバコの匂いがゆらゆらと漂う。
えりかは頬をふくらませ、上目遣いに男をわざとらしくにらみつけた。
「だって私、警視庁一課担当の記者ですから」
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全然知らない世界、楽しみにしてまーす!