実は10年前、僕の鼻をへし折ってくれたあの商社のグループディスカッションで、片桐以外にもうひとり、気になる学生がいた。
それが田中舞だ。
最初に、彼女の美貌にやられた。
次に、ディスカッションが始まり、彼女の聡明さにやられた。
とても同い年とは思えなかった。そう感じたのは、片桐も同様だったらしい。
「あー!あの子が行っちゃう!」
あの時、僕と片桐が連絡先を交換したあとで最初にやったことは、最寄り駅の改札口を越えてしまう前に、どちらが舞に声をかけるかジャンケンしたことだ。
「ちょっと、俺たちと一緒に話しませんか?」
「…え、あっ、はい…」
女好きの片桐にとっては違っただろうが、僕にとっては初めてのナンパとも言えた。
改札を通過する直前に声を掛けられ、一瞬驚いたのちに柔らかく微笑んだ舞の顔を、僕は今でも忘れてはいない。
そして舞は当然のように、その大手商社から内定をもらった。
しかしそれを辞退し、彼女はITベンチャーに入ったのだ。少人数の会社だったが、彼女が営業職として入社後、アプリ開発などで波に乗り、いまや業界でも有数の企業である。
もちろん舞だけの功績ではないと分かっている。
ただ新卒採用だった舞が10年経った今、会社の役員を務めていることを考慮すれば、いかに彼女の才能が発揮されたのかよく理解できる。
僕も片桐も、自分たちの先を走る舞を眩しく思い、リスペクトの気持ちを隠さないでいた。
舞もまた、僕や片桐を見下すようなことはしない。どれだけ偉くなっても上から目線にはならなかった。
ぎりぎり学生だったころに知り合った友達なのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。
しかし、それがどれだけ難しいことなのか、今ではサラリーマンにしては高い収入を得るようになり、周囲から持て囃されることも多い僕と片桐だからこそ、よく分かる。
舞はずっと変わらず、ずっと安定している。それが、彼女の最大の魅力だ。
僕は引っ込み思案で、少し考えすぎるところがある。
反対に片桐は大胆で、考えるより先に行動するタイプだ。
僕は童顔で、「草食系」と言われがちだが、片桐は濃い顔で、いつだって「肉食系」と言われている。
一人称だって、僕はずっと「僕」だし、片桐はずっと「俺」。
つまり何もかもが正反対だ。
そんな僕と片桐が、ライバル企業に勤めているにもかかわらず、10年も親友をやってこれたのには、二つの大きな理由があった。
一つ目は、「大いに仕事し、大いに遊ぶ」という同じ人生訓を掲げていること。
そして二つ目は、僕も片桐も、10年間ずっと舞に片想いしていること。
女が好きで、実際にモテる片桐はもちろんのこと、僕だってこの10年、少なくない数の女性と付き合ってきた。
でも最終的にはいつも「やっぱり舞が好きなんだ」と認識し、ひとときの恋として終わっている。
僕も片桐も、二人きりの時は何度も「いかに舞が好きか」「どこが素晴らしいか」を語り合っていた。
もちろん、舞本人の前で言ったことはない。そして僕も片桐も、舞への一途な想いを本人に伝えたことはない。
何度も「もし真剣に舞に告白したら」と妄想した。でも、すぐに考え直してきた。
抜け駆けはしちゃダメ。なんて10代女子みたいなことを思っているわけではない。
どれだけ仕事がうまくいこうが、出世しようが、年収が上がろうが、舞を前にするといつも思うのだ。
―僕はまだ、彼女に見合う男じゃない。
それはもしかすると、片桐も一緒なのかもしれない。
僕ら二人は、こうやって舞を心の神棚にまつるようにして、拝み、称え、過ごしてきた。
だが、そんな日々がもう終わりを告げている。
「本当に舞は結婚しちゃうの…?」
僕は茫然自失としたまま呟いた。片桐は、深く頷いてから答える。
「さて、俺らの10年の片想い、この先どうする…?」
僕は頭を抱えた。
文字どおりテーブルの上に肘をついて、頭を抱えていた。そんな僕の頭を、片桐はポンポンと軽くたたく。
「よしよし」
「よしよし、じゃねえよ!」
勢いよく、片桐の手を振り払う。絶妙の間合いだった。
その瞬間、僕らは目を合わせ、同時に吹き出した。
少し涙がにじんでいるのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。
こんな時、一緒に笑い飛ばしてくれるヤツがいて、僕は幸せ者だ。
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この記事へのコメント
片桐の言うことに、最後いちいち「…小暮」って付いてるのなんなんだろう。
たしかに価値観というか人生観というか、それが似てると長い付き合いになりやすいよね。多分これからも付き合い続くよ。
お互いに良い友達を持ったんじゃないかな?