お試し夫婦 Vol.1

お試し夫婦:「AIが私にピッタリの男を選んでくれる…?」30歳になった女に届いた案内状

「フミヤのパスタ美味しいから嬉しいけど、私...もうお腹いっぱいかも」

なんとか気づいて欲しくて、甘えた目で見つめてみる。

「じゃあ、こっちが欲しいですか?」

その合図に気づいたのか、フミヤは私の顔を両手で挟み、キスをした。拒めず受け入れたそれは、ほのかにワインの味がする。

照れながら顔を離すと、フミヤは優しく私を見つめる。

「真帆さん…」

そして、穏やかなトーンでこう続けた。


「...僕、今のレストランから独立して自分の店出すんです。今日作ったのはそこで出そうと思ってるメニューなんだけど、どう?美味しかったかな?」

「独立!?」

途端に頭の中が真っ白になる。

フミヤは、自分の独立祝いに夕食に招いただけだったのだ。私の誕生日なんて、覚えていなかった。

きっと彼にとっては、誕生日なんてSNSに表示されるたくさんの通知の一つにすぎないのだろう。

それを、勝手に期待してしまったのは私だ。フミヤを責める理由などこれっぽっちもない。

「ねぇ、フミヤにとって私ってなに?」

「え!?」

酔いにまかせて抱きついてみても、フミヤのテンションは変わらなかった。一気に酔いが醒めたような顔をして、明らかに戸惑っている。

「真帆さん...ごめん。僕、真帆さんのこと、お隣に住むお姉さん以上には見られない。勘違いさせるようなことしたのは申し訳なかったけど、真帆さんも、僕なんか遊びだと思っていたし」

「だよね!ごめん、シラけさせて」

慌てて身体を離して、視線を外したまま答える。フミヤの顔が直視できず、テーブルに置いた携帯と床に置いていた鞄を拾いあげると、早足で玄関へ向かった。

「真帆さん!」

「美味しいごはん、ありがとう。素敵な誕生日になったよ」

フミヤが驚いて何か言っているが、一刻も早くこの場を離れたくて、勢いよく彼の部屋を飛び出した。そして隣の自分の部屋へ入った途端、ヘナヘナと腰が沈み、動けなくなった。

そこからどうやってお風呂に入り、ベッドへ向かったのかよく覚えていない。

しかし、朝起きるとちゃんとパジャマを着て横になっていた。

ー30歳になってしまった...

脈を打つように頭に痛みが走る。昨夜、フミヤのペースに合わせて飲みすぎたワインのせいだろう。

頭を手で抑えながら郵便受けを見に行くと、ローズ色の封筒が目が止まる。それは、区役所からだった。

『お試し結婚のご案内-申請書等 在中-』

「ひゃっ!!」

あまりに驚いて、チラシも一緒にエレベーターの床へばらまいてしまった。

それらを拾い集めながら、すっかり忘れかけていた昨日のニュースを思い出した。30歳になったら案内がくる、あの制度のことを。


▶Next:6月6日 土曜更新予定
「お試し結婚」制度に申請することにした真帆。相手はまさかの人物だった…!

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この記事へのコメント

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No Name
ほっぺた両手で挟んでキスした直後に、「お隣のお姉さんとしか思えない」って、、、どゆこと?!
2020/05/30 06:0399+返信7件
No Name
未来の東京が舞台のお話、新鮮ですね。続きが楽しみ。
2020/05/30 05:0999+返信4件
No Name
近未来の10年後はどうなっているんだろう。
区役所からの通知が郵便、というのはアナログ過ぎるかもね。
2020/05/30 05:3275返信4件
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