「フミヤのパスタ美味しいから嬉しいけど、私...もうお腹いっぱいかも」
なんとか気づいて欲しくて、甘えた目で見つめてみる。
「じゃあ、こっちが欲しいですか?」
その合図に気づいたのか、フミヤは私の顔を両手で挟み、キスをした。拒めず受け入れたそれは、ほのかにワインの味がする。
照れながら顔を離すと、フミヤは優しく私を見つめる。
「真帆さん…」
そして、穏やかなトーンでこう続けた。
「...僕、今のレストランから独立して自分の店出すんです。今日作ったのはそこで出そうと思ってるメニューなんだけど、どう?美味しかったかな?」
「独立!?」
途端に頭の中が真っ白になる。
フミヤは、自分の独立祝いに夕食に招いただけだったのだ。私の誕生日なんて、覚えていなかった。
きっと彼にとっては、誕生日なんてSNSに表示されるたくさんの通知の一つにすぎないのだろう。
それを、勝手に期待してしまったのは私だ。フミヤを責める理由などこれっぽっちもない。
「ねぇ、フミヤにとって私ってなに?」
「え!?」
酔いにまかせて抱きついてみても、フミヤのテンションは変わらなかった。一気に酔いが醒めたような顔をして、明らかに戸惑っている。
「真帆さん...ごめん。僕、真帆さんのこと、お隣に住むお姉さん以上には見られない。勘違いさせるようなことしたのは申し訳なかったけど、真帆さんも、僕なんか遊びだと思っていたし」
「だよね!ごめん、シラけさせて」
慌てて身体を離して、視線を外したまま答える。フミヤの顔が直視できず、テーブルに置いた携帯と床に置いていた鞄を拾いあげると、早足で玄関へ向かった。
「真帆さん!」
「美味しいごはん、ありがとう。素敵な誕生日になったよ」
フミヤが驚いて何か言っているが、一刻も早くこの場を離れたくて、勢いよく彼の部屋を飛び出した。そして隣の自分の部屋へ入った途端、ヘナヘナと腰が沈み、動けなくなった。
そこからどうやってお風呂に入り、ベッドへ向かったのかよく覚えていない。
しかし、朝起きるとちゃんとパジャマを着て横になっていた。
ー30歳になってしまった...
脈を打つように頭に痛みが走る。昨夜、フミヤのペースに合わせて飲みすぎたワインのせいだろう。
頭を手で抑えながら郵便受けを見に行くと、ローズ色の封筒が目が止まる。それは、区役所からだった。
『お試し結婚のご案内-申請書等 在中-』
「ひゃっ!!」
あまりに驚いて、チラシも一緒にエレベーターの床へばらまいてしまった。
それらを拾い集めながら、すっかり忘れかけていた昨日のニュースを思い出した。30歳になったら案内がくる、あの制度のことを。
▶Next:6月6日 土曜更新予定
「お試し結婚」制度に申請することにした真帆。相手はまさかの人物だった…!
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この記事へのコメント
区役所からの通知が郵便、というのはアナログ過ぎるかもね。