私は、日系の証券会社に新卒で入社してから、29歳になった今まで会社に身を捧げている。
同じ課で2つ上の先輩だった彼氏とは6年も付き合ったのに、半年前に関係がマンネリして別れた。
『お試し結婚』のルールが発表され、コメンテーターが画面で騒いでいるが、私は先月ハワイで買ってきたコナコーヒーを飲みながら、流し目で見ていた。
ーお試しで結婚するなんて、絶対いやだな...
あいにく今は彼氏がいない。だけど恋愛結婚を諦めるにはまだ早いし、可能性だってあるはず。
なぜなら、隣の部屋に住んでいる年下男子、瀬戸フミヤと最近いい感じなのだ。
まだ付き合っていないものの、お互いの部屋に行き来し、イタリアンレストランで働くフミヤの手料理だって週に2日は振舞ってもらっている。
しかも今日は、私の誕生日。
そろそろ付き合って欲しいと言われるに違いない。
ブラックコーヒーが苦手な私が唯一飲めるコーヒーに鼻を近づける。バニラマカダミアの甘い香りに心がトロンとほどけていく。
30歳の誕生日。まさか彼氏がいないまま迎えるとは思ってもみなかったが、問題ない。だって、フミヤから”お祝いすることがあるから”と、夕食に誘われているのだ。
しかも今日は、運よく週末で、しかも大安。
オンラインで軽くヨガをしてから、スタイリングをAIに選んでもらおう。
頭の中で一日のスケジュールを組み立て、酵素を摂りたくて用意したフルーツを食べきると、テレビの電源をオフにする。
◆
「真帆さん、いらっしゃい〜!」
「こんばんは。お邪魔しまーす」
フミヤの部屋は、いつも通り綺麗でいい匂いがした。
「なんだか、今日いつもと雰囲気違いますね?意外と可愛らしい格好も似合うんだなぁ...」
「そう?ありがとう」
新調した白のワンピースを褒められ、笑顔になる。オーダーメイド級のサイズぴったりの服が、わずか数時間で届く時代ってなんて便利なのだろう。
「それじゃあ、かんぱーい!」
フミヤが用意してくれたロゼのシャンパンが、乾いた喉に染み渡る。
「今日は、ブッラータに無農薬トマトとフレッシュバジル、鹿児島産黒豚のローストポーク、金目鯛とあさりのヴァポーレ、あとパスタも作るし、自家製のフォカッチャもありますよ」
テーブルの上には、シックな器と共に美味しそうな手料理が並んでいた。
この記事へのコメント
区役所からの通知が郵便、というのはアナログ過ぎるかもね。