「ごめん、こっちの彼なの」
ビラに手を伸ばした瞬間、その女は僕の手を払いのけ、すぐ横にいた高身長の新入生にビラを押し付ける。
思わず僕と同級生は顔を見合わせたが、見慣れたはずのそいつの伸び放題の髪が、妙に脂ぎって見えた。
確かに高身長の男は端正な顔立ちをしたイケメンだった。でもせめて、オマケでもいいから、手を伸ばした僕にだってビラくらいくれてもいいだろ。
「インカレの女どもが。どうせ早稲田の男にたかりに来たくせに…」
結局僕たちは華やかなサークルには勧誘されず入学初日にして、劣等感を味わうこととなった。1人になり歩いていると、人混みの中から高校の先輩が声をかけてきた。
「久しぶりだな、元気か?俺が幹事長の株サークルに入ろうぜ!」
そのサークルは早稲田高校出身者が立ち上げた経緯がゆえに、自然と見知った顔が集まっていた。
株サークルに株式・投資コンテスト、飲み会、バイトに徹夜で麻雀。女っ気は全く無かったが、大学生活に不満はなかった。
だが、今でもたまに思い出すことがある。文化祭や新歓で味わった、男としての劣等感を…。
サラリーマンの頂点に、のぼり詰めた男
社会人になってから僕の生活は一変した。
サラリーマンカーストの頂点、外資系投資銀行に就職したからだ。
とある金曜日、21時の麻布十番。
お食事会ってやつに同期3人でやってきた。相手は同期が西麻布のバーでナンパした同い年の3人組だ。
先輩に「とりあえずここ行っとけ」と教えてもらった『Mancy's Tokyo』。
海外のレストランのような開放的な1階を抜け、シックな2階へ足を踏み入れるとなんだか落ち着かなくてソワソワしてくる。
気合いを入れるかのようにネクタイをキュッと締める。
「お待たせしました〜!」
待ち合わせ時間に15分遅れて、個室のドアが勢いよく開き2人の女子が入ってきた。
身体のラインを強調したワンピースにハイブランドに疎い僕でも一目で分かるルイ・ヴィトンやシャネルのバッグ。甘ったるい香水の匂いが鼻をかすめる。
「とりあえず乾杯は泡だよね!よろしく」
-泡じゃなくてシャンパンだろ。
心の中で毒づく。
「リサっていいまーす♡趣味はヨガと料理です」
薄っぺらい自己紹介がはじまった。
「良昭です。趣味は麻雀です」とぶっきらぼうにつぶやく。
女達は6人では食べきれないほどの食事を、気ままに注文しはじめた。真っ赤なグロスが塗られた艶やかな唇や、妙に違和感のある昆虫の足のようなつけまつ毛は、インカレサークルの勧誘をしていた女たちを彷彿させる。
「何でも好きな物食べていいよ」
「お腹空いちゃったから嬉しい!」
普段鬼気迫る勢いで財務分析をやっている同期2人は、人が変わったかのようにデレデレしている。
小学校では運動神経がいいヤツが、中高では遊んでるヤツが、大学では高学歴のイケメンがモテる。
だけど社会人になった今、一番モテるのはいずれでもない。金を持っている奴だ。
ーこいつらも僕たちが普通のサラリーマンだったら来なかったんだろ?
女子から相手にされなかった学生時代の嫌な思い出が蘇り、1人輪に馴染めずにいた。
しばらくしてドアが開き、最後の1人が入ってきた。小さな顔にほどこされた控えめなメイクにつやつやの黒髪。
「遅れてすみません…。隣、いいですか?」
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灘、開成あたりもお願いしたい。