2020.03.08
14日間の恋人 Vol.1三度目の会話は、ホノルル到着後のことだった。
空港を出た静香が、カラッとした空気とまぶしい日差しを全身で浴び、ハワイに来たことを実感していると、あの男がいた。
男はしょんぼりと肩を落として、座り込んでいる。気づくと静香は声をかけていた。
「どうしたんですか?」
男は捨てられた子犬のような目で見上げ、言った。
「ああ、どうも。実は…ロストバゲージしました」
「えっ?」
「それで、ひとまず途方に暮れてます…」
日本の航空会社がロストバゲージなんて、珍しい話だ。静香は違和感を抱いた。
だが男は、成田を経由地として使ったらしい。タイのプーケットを出発して、外国のLCCで成田まで行き、そこから静香と同じ便でハワイに来ていたという。
「てことで俺のバッグは、プーケットに残されたままなんだそうです」
笑い事ではないはずだが、その言い方に静香は笑ってしまう。
「笑ってくれて、ありがとう。少し元気が出ました」
そう言うと男は立ち上がった。
―なんだか憎めない人だな。
思わず静香はふたたび声をかけていた。生まれ持った真面目できっちりとした性格は、ハワイを訪れようが変えようがない。
「あの、待ってください。お財布はありますよね?」
「財布はあるけど、ケータイは電池切れです。充電器は預けたバッグの中で…。とりあえずクレジットカードがあるので、これで何とかタクシーを拾います」
「ホテルは、どこなんです?」
「リッツです。リッツカールトン」
「え、ウソ、私もです」
「ホントですか!?」
状況によっては野宿もできそうな野性味あふれる外見からは想像もできないが、男はリッツカールトンを予約しているらしい。バックパッカーではないのかもしれない。
「そしたら、私はウーバーなんですが、とりあえずホテルまで一緒に移動します?」
少し間があってから男は答えた。
「…いいんですか!?」
男の顔がパッと明るくなる。勢いで誘った手前、もう断ることはできない。
「どうぞ。ここでサヨナラした後で、ホテルのロビーで再会するのも、なんだか気まずいですし」
車中にて少しばかり話をすると、東京在住のその男はハワイが大好きで、可能なかぎり行ったり来たりしていると知った。
ただ男の名前も、職業も、年齢も分からない。
12年ぶりのハワイ。
客室はすべてオーシャンビューの『ザ・リッツ・カールトン ワイキキビーチ』。
車寄せエントランスにウーバーをつけただけで心が躍った。それと同時に「健次と一緒だったなら」と一抹の寂しさも感じる。
エレベーターで上がった先にあるロビーにて、静香がアーリーチェックインしていると、その隣では男もまたチェックインしながらフロントの人間と談笑する。
『君は、地元の人間かい?』
『なんで?』
『手ぶらだから』
『いいや、東京に住んでる日本人さ。ロストバゲージしたんだよ』
『それは災難だ。わっはっはっは』
ロビーを包みこむような澄んだ青空のもと、流暢な英語で話して屈託なく笑う男の姿が、静香にはまぶしく見えた。
チェックインを終えた静香と男は、それぞれの部屋に向かった。さすがに部屋は隣というわけではなく、階が違った。けれど自然の成り行きでランチをすることになる。
「ウーバーのお礼をさせてほしい」
そんな風に言われて、断ることができない。
学生以来のハワイだし、どうやら何度もハワイを訪れているらしい男に“一日限定のガイド”を頼むのも悪くないかと思っていた。
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