―真面目なのも、きっちりしているのも、仕事人間なのも、すべて私の長所じゃない!
憤りを覚えた静香だが、それでも健次を失いたくなかった。恥もプライドも捨て「別れたくない」と懇願した。だが、健次の心は変わらなかった。
「ハワイ旅行はキャンセルしておいて」
それが健次の最後の言葉。
言われたとおり、すぐに健次の分はキャンセルしたが、静香は傷心を癒すためにも、一人でハワイへ向かうことにした。
「すみません。僕、そこの隣の座席なんですけど…。座ってもいいですか?」
健次が座るはずだった隣席を見つめていると、突然に話しかけられ、静香はビクッとした。我に返って声の主を見上げる。
浅黒く健康的に焼けた肌。軽くウェーブがかかった艶のある黒髪。彫りが深く雄々しい鼻筋と、厚くて大きな唇。そして長いまつげの奥に茶色い瞳。
ある層にはどんぴしゃでハマるようなワイルドなイケメンが、そこにいた。静香の好みのタイプではないが、思わず見惚れてしまう。
「じっと席を見てるから、他に誰か来るんですか?」
健次がキャンセルして予約が空いた席を、このバックパッカーのようなイケメンがおさえたのだろう。
「ごめんなさい。空いてます。どうぞ」
「ありがとう」
男は顔をクシャッとさせて笑い、静香の隣に腰を下ろす。その瞬間、香水の香りがした。思わず近づきたくなるような甘さだった。
静香は33才の大人の女だ。イケメンが隣に座ったからと言って、それが新たな出会いになるとは、考えてもいない。
事実、ホノルルまでおよそ7時間のフライトで、隣の男と会話したのは最初の一度と、離陸直後の二度しかなかった。
見逃していた映画が機内上映で見られると知った静香は、離陸してから再生ボタンを押した。
すると男は囁くように話しかけてくる。
「ハワイは初めてですか?」
「えっ、あ…2回目ですけど。ただ、学生時代以来なので随分久しぶりです」
「余計なお世話かもしれませんが、行きの飛行機ではちゃんと寝ておかないと、到着したあと時差ボケで大変なことになりますよ」
「…ああ、ありがとうございます」
本当に余計なお世話だと思った。月に一度は海外出張する自分を舐めているのかとすら思う。
だが、男の声色はあまりに優しかった。忠告をすんなりと受け入れてしまうほどに。
静香は映画を諦めて、言われたとおり寝ることにした。甘い香りに包まれ、まるでハグされているかのような不思議な錯覚に襲われながら、深い眠りに誘われた。
この記事へのコメント
モアナとか、具体的な名前出てくるとほんと情景が浮かぶわ。。
坂口憲二で脳内再生させていただきました。😌
南の島でイケメンと、、、
実際は一度もないけど。